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マリーはなぜ泣く⑳~Girls Just Want to Have Fun~

前回のあらすじ:大一番を前に倒れた相方の代役に、嫁を立てるという奇策を思いついた小籠包こと哲だったが、嫁には「ムリムリ」と断られてしまう。そこで彼は最後の交渉手段として家出を決行する。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/m1008d63186fe

 俺の家出は三日しか持たなかった。家に帰らず生活するというのは案外金が掛かる。それに、これ以上は待てなかった。本番まで時間がない。たとえ満里がOKを出して練習を始めたとしても、もう間に合いそうもなかった。

 ソーッと鍵を開けて家の中に入ると、満里は俺の残していったネタ合わせの動画を見ながら、一生懸命に大籠包の動きを真似していた。小学生や女子高生が、大相撲の横綱と体が入れ替わるというネタだった。俺はこっちに気づかない満里のことを、思わず後ろから抱きしめた。


 俺たちには専属のマネージャーなんてものは居なかった。一人の人間が俺たちみたいな一山なんぼの芸人を、何十組も管理していた。決勝戦進出にあたって、一応俺たちのこともマネージメントしているはずの清川さんと、前日に東京で落ち合った。その時も、俺は大籠包が倒れたことを隠して会った。ただ風邪気味で、大事を取って寝ていると嘘をついた。彼がはじめて真実を知ったのは、当日にテレビ局で落ち合った後だった。

 大籠包ではなく満里を伴って現れた俺に、彼は、「相方は?」と、まあ当たり前のことを聞いた。俺は、「電車ではぐれた」と適当なことをいい、「今向っている」と嘘をついた。

「もういい加減来ないとまずい」清川さんがそのセリフを吐く度に、俺は出前館の公式アカウント相手に、「どこに居る?」「まだ着かないの?」なんてチャットを送り、大籠包とやり取りしている振りをして交わしたが、一時間もすると、さすがに気の長い清川さんでも我慢できなくなって、電話しようと大籠包の番号を彼の携帯で探し出した。
 それで俺は、「自分が電話する」と大籠包と話している振りをしながら、どこにも繋がっていない電話相手に最終的には怒鳴り散らした。

 リハーサル前の打ち合わせの段階で、「さすがにもうヤバいよ」という清川さんに、満里も一緒に打ち合わせに参加させたかった俺は、ついに本当のことを白状した。彼は怒るのではなく青ざめた顔をした。

 俺と清川さんは、番組のプロデューサーに、大籠包が倒れたのは、「さっき」だと嘘をついた。それでもプロデューサーには、「もっと早く言え!」とめちゃくちゃに怒られた。懸念していた通りプロデューサーは俺の提案した、満里を代役に立てる案を否定し、本来一組しか勝ち上がれない敗者復活戦から、二組復活させると言った。俺はせめてリハーサルだけでも見てから判断してくれと頼んだ。

「大会の途中でコンビの相方が変わるなんて前代未聞だ」と拒絶するプロデューサーに向って、
「途中で相方が変わっちゃいけないなんてルールは無い」と粘った。気分は体制に噛みつくパンクロッカーだった。


 リハーサルを終え、俺は満里のことを天才だと思った。当然、精神的にも技術的にも、キャリア最高の時期だった大籠包と比べれば未熟だったが、彼女にしか出せない魅力でネタをやりきった。

「緊張したか?」という問いに、

「客席から、アンタと大籠包を見ている時の方が緊張するわ」と返してきた。
 伊東さん、大籠包に続く才能が俺の側にまだ隠れていた。



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