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『べき論』が多すぎて、生きづらい

最近、『べき論』について考えている。

女性で、子育てをして、理学療法士をして、常勤で働いている。人間になったのは33年前だけど、これっぽっちの人生の中でも星の数ほどの『べき論』に出会ってきた。

女性や母親の『べき論』は随分、スルーできるようになってきた。今はもう、昭和ではない。女は家にいなくていいし、働いてもいいし、夜に出歩いてお酒を飲んでも文句を言われる筋合いはない。たまにそれに近いことを言われる機会があるけれど、「古いなぁ」と思って気にも留めない程度のスルー力を身につけている。

5歳の子どもを育てながら、フルタイムで働いている。“フルタイム”というところには、かなりこだわりがある。25歳で結婚して、28歳で出産した。「結婚して子どもをふたりくらい産んで、時短で働けなくなったらパートタイムで働くのだ」と、幼い頃から望んでいた。幸せになるためには、そうする『べき』だと考えていた。

でも、時短勤務で働き出した途端、物足りなくなった。「時短の立場で職場に意見するべきではない」とはっきり言う上司に傷ついたり、自分の知らないところでどんどん話が進んでいく感じが居た堪れなかった。仕事は面白かったけど、割り切ることができなかった。

「今のままじゃ、ダメになる」
そんな風に思っていた。“ダメ”の定義は上手くできないけど、なんとなく、わたしがこれまで仕事を通して得てきた大切なものを、緩やかに失っていく感覚があった。第二子はなかなかできず、娘が3歳になり時短勤務が継続できなくなるリミットが迫って、気づいたら転職サイトに登録していた。そうして育休で復帰してから1年半ほどで、自宅から自転車で10分ほどの病院に常勤で就職することにした。

フルタイムで働き始めると、どんどん仕事が面白くなった。家庭に配慮してもらえる環境に感謝をしつつ、同僚の体調不良や急な欠勤には全力でサポートした。“お互いさま”という気持ちを大切にすることができた。
研修にも、積極的に参加するようになった。回復期で8年働いた程度では、一般病院で働くには知識不足だった。休日に朝から晩まで家を空けることについて、最初こそ夫や実家の父母から小言を言われたが、“言い出したら聞かない性格”を建前に気にしないようにした。SNSにはわたしと同じように子育てをしながら仕事に尽力する人たちがたくさんいて、しばしばその存在に励まされ、背中を押してもらっていた。
一昨年に訪問看護ステーションに転職して、ずっと働きたいと思っていた分野に足を踏み入れた。聞きなれない疾患や今まで触れることのなかった分野と対面し、もっともっと知識と経験が必要だと思った。これまで以上に研修に出かけるようになったし、本や論文もよく読むようになった。

でも、勉強すればするほど、『不十分』だと感じるようになった。どれだけやっても目の前の対象者が目覚ましく良くなるようには思えなかったし、SNSで見かけた誰かと自分を比較して劣等感に苛まれたりもした。

どこまでが健全で、どこからが不健全だったのだろう。知らないうちに、わたしはまた『べき論』に支配されていた。

『素朴実在論』、「この世界というのは、自分の眼に見えたままに存在している」という考え方がある。自分の立場で見える世界が、そのまま“全て”だと捉えてしまう、未熟な考え方だそうだ。
不健全な『べき論』は、『素朴実在論』に似ている。自分は〇〇をして頑張ってきたからー、あの人は〇〇をして成功しているからー、相手の立場も慮らず他人のサクセスストーリーを押し付けるのは、とても行儀の悪い行為に見えてしまう。

自己嫌悪や焦燥は、『素朴実在論』によって視野を狭小させ、不健全な『べき論』へと、わたしをいざなう。

別に「勉強しなければ!」と思うのは悪いものではない。ただそれに縛られて不幸になるのでは意味がないのだ。自分が不幸になるだけなら、まだマシだ。最近は自分の『べき論』を他者に押し付け、批判して、見下す場面をいくつも見てしまう。辛かったときに自分を励ましてくれたSNSの世界が、そんな『べき論』の巣窟に見えてしまい物悲しい。

自分の世界があるのと同じように、相手にも世界があるのだ。それは“価値観”とか“世界観”とか、そういう言葉に置き換えてもいいのかもしれない。けど、言葉にできない、“かたち”になっていないものを、自分の傍にある都合の良い単語に置き換えるのが烏滸がましい。そうしてこれもまた、見方を変えれば名前も知らない誰かへの『べき論』の強制になっている。

相手を尊重するためにも、ボーダーラインの存在は必要だ。それはたぶん、対岸から相手の生業にあーだこーだとケチをつけるためのものではなく、「あなたに見える世界」というここにはない現実を、尊重し、敬い、傷つけないためのボーダーラインなのだと思う。曖昧なものを、曖昧にしておくためのボーダーライン。なんとなく、今の世の中にはそういうものが必要な気がしてしまうのだ。




読んでいただきありがとうございます。まだまだ修行中ですが、感想など教えていただけると嬉しいです。