見出し画像

白衣の英語教師

白衣の英語教師がいた。

彼は科学の教師ではないのに

なぜだか白衣を着ていた。

彼は僕の高校3年間の担任だった。

彼の見た目はどの角度から見ても

サザエさんに出てくる波平そのものだった。

サザエさんの実写版波平オーディションがあったなら

間違いなく書類選考だけで選ばれるに違いない逸材だった。

彼は見た目に反して(失礼だが)英語を愛していた。

常にジーニアスの辞書を持ち歩いていた。

発音にうるさかった。

一人のクラスメートが

Sit down(座りなさい)の発音がうまくできず

「お前のSitのスィの発音はちゃうねん!
お前のは、おしっこの『し』になってるって何回言うたら分かるんや!」

とこっぴどく叱られていた。

oftenの訳を『しばしば』と訳すとこれまた叱られた。

「しばしばなんて日本語ほとんど使わへんやろ!『よく』と訳せ『よく』と。」と。
(使うと思うけどとは思ったが反論するのはやめておいた。)

彼の笑った顔を見たことがなかった。

彼は笑うことはあるのだろうか?といつも思っていた。

授業中の彼は常に眉間に皺が寄っていて、厳しかった。

教科書の英文を訳すよう順番に指名されて、

訳せないとその場で立たされた。

40人いるクラスで37人目まで日本語訳を答えることができず、

37人がその場で立たされているという異様な光景が出来上がったこともあった。

ただ、生徒に対しては本気で向き合ってくれていた。

厳しい態度も僕らを想ってのことだった。

皆もだんだんだんだんとそれが分かってきた。

卒業の時、僕ら40人は笑わない

眉間に皺の寄った白衣の英語教師に

プレゼントを贈ることに決めた。

皆で少しずつお小遣いを出し合って

そこそこいい値段のする『白衣』を買ったんだ。

最後のホームルームが終わった後

学級委員がサプライズをしかけた。

笑わない眉間に皺の寄った白衣の英語教師に

感謝の手紙を読み始めた。

「3年間ありがとうございました!!」

手紙を読み終えた時、

笑わない眉間に皺の寄った白衣の英語教師の目からは涙がこぼれていた。

3人の女子生徒が、クラス代表で『白衣』のプレゼントを手渡した。

「先生、みんなからの気持ちです!よかったら着て下さい!
色々考えたけど、やっぱり先生には白衣が一番だと思ったから!」

クラス全員から

「着てみて着てみて!」との声が上がった。

笑わない眉間に皺の寄った、でも目からは涙がこぼれていた白衣の英語教師が

静かに手渡された白衣に袖を通した。

「似合う~!」「先生かっこいい~!」

クラスメート全員が手を叩いて称賛を送った。

と同時にクラスメート全員が皆同じ感情を抱いたに違いない。

笑わない眉間に皺の寄った白衣の英語教師が

信じられないぐらいの笑顔で泣きながら

「ありがとうっ!お前ら本当にありがとな!
嬉しい!嬉しいよ!」と言った。

初めてだった。

初めて彼の笑った顔を見たんだ。

『こんな顔して笑うんだ』と思った。

こんな言い方するのもどうかと思うが

とてもかわいらしい笑顔だった。

憎いと思ったこと数知れずの担任だったが

僕も負けじと涙を流していたのは言うまでもない。

あの頃から20年が経った。

先生!元気にしてますか?

僕は元気にやってますよ!


この記事が参加している募集

振り返りnote

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?