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評価とは何を意味するのか

目標に対する結果や成果を評価するのか、それとも、
 〝別の何か〟を評価するのか。
 
このように評価について改めて思索する中で、この問いが現れた。
この別の何かが、目的に対する行動になる。

二一世紀の評価について、
 ドラッカーは『ドラッカー入門』(上田淳生著)の中で、
 次のように示している。
 

二一世紀において必要とされる手法が、
 アセスメント(事前評価)ではなくモニタリング(観察・監視)である。
複雑系な生態系では、何が起きるかを予測することはできない。
自然も人間社会も命ある生態系である。
アセスメントではわからない。(四二頁より) 

予測できないことを評価することは、そもそもできない。
できることは、ただみる(観る・視る)ことだけ。
 
行動を評価するというよりは、
 どのような行動をしたのかという主体性を観察すること、
 いや省察することと言ってもいいかもしれない。
 
「何に対して評価するのか」や「何を評価するのか」を考えていく上で、
 重要なことを忘れていた。
 
「評価とは、何を意味するのか。」
 
評価とは漢字が示すように、「価値を評する」ということ。
 
評する価値は会社の価値であり、
 会社の価値は〝何をしたか〟という結果や成果から、
 〝何のためにか〟という目的や理念・ミッションなどに
 変わろうとしている。
 
しかし、〝何のためにか〟だけでは会社の価値は不十分で、
 その目的の実現性や理念やミッションの実行性という行動
 (〝どのようにか〟)が、これからの会社の価値になる。

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