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『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』のジョン・ワッツ監督が手がけたスリラー『コップ・カー』は超オススメ!

 2021年から22年の冬、人々の心を鷲掴みにした映画と言えば『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』でしょう。
 これまでのスパイダーマン映画への愛と敬意に溢れたこの作品に批評家も観客も熱狂。そして多くのファンがノックアウトされました。
 これまでのシリーズをリアルタイムで見てきた私もノックアウトされた1人です。何より「彼」が登場した瞬間のカタルシスは、もう最高の一言……!

 興行収入でも、2022年4月現在、世界累計第6位の成績を収めています。これはコロナ禍の中だということを考慮すると驚異的な数字でしょう。それだけ、人々を夢中にさせたということです。

 さて、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を、興行的にも批評的にも大成功へ導いたのは、40代に差し掛かったばかりと、映画監督としてはまだ若いジョン・ワッツです。彼はトム・ホランド版スパイダーマンシリーズ3作全てを手がけていますが、それ以前は無名に近い監督でした。
 しかし、その頃から既に、少年の感情の揺れを魅力的に撮ることや、シュールな笑いを散りばめる作風の片鱗が伺え、たいへん面白い作品を作り出していました。そしてその映画こそ、私が今回ご紹介したい作品です。

 映画のタイトルは『コップ・カー』。

 ケビン・ベーコンが製作、出演するスリラーです。
 「ガキども――遊びは終わりだ」というのが日本版のキャッチコピーになっているのですが、蓋を開けてみれば『スタンド・バイ・ミー』を思わせるカミング・オブ・エイジ・ストーリー。笑いと緊張のバランスや、こちらが体感できるようなリアルさもたいへん魅力的です。多くの人に知ってもらいたい秀作です。

 まずは、あらすじを書いてみます。

家出少年2人が森で無人のパトカーを見つけます。大喜びで乗り込んで遊ぶ2人は、そのまま車を走らせてしまいました。しかし、その車の持ち主は悪徳警官。警官はパトカーが無くなっていることに驚き、探し始めます。トランクの中にはまだ「重要なもの」が隠されているのです。2人の少年の運命は? そしてトランクの中のものとは?

 という感じ。こうして書くと、まさに「スリラー」という感じがしますが、かなりシュールな笑いが散りばめられたブラックコメディ的要素も強いです。

 悪徳警官が一体何をしたのかがハッキリしないのですが、それは基本的にパトカーの周辺で起こることのみに焦点を当てる、という野心的な試みのためであるのは間違いありません。

 また、少年たちの抱える背景がとても良く機能しています。

 ではここで、予告編をどうぞ。

 この映画は語りたいところがたくさんあるのですが、一番は、やはり少年が大人になる瞬間を鮮やかに捉えている点です。例えば『スタンド・バイ・ミー』のゴーディが一瞬で大人の目に変わったように、彼らは自身の弱さを知ったり、あるいは自分の知らなかった強さへと目を開かれたりして、「少年」の先のステップへと進まざる得なくなります。

 そこで生きてくるのが2人の抱える背景。それぞれに、事情のある彼らは、その背景によって、仕切り屋だったり、気が弱かったり、という表面的な性格ができあがったのだろうなと感じられるのですが、危機に直面することでその「表面」の皮が剥がれていくのです。
 すると、意外な「本当の自分」というものが出てきて、彼らは一つ大人へと進んでいくわけです。

 この辺りの洞察の鋭さ、たいへん素晴らしいです。


 悪徳警官をはじめ、悪党たちには間の抜けた描写が多く、滑稽に撮られています。面白くてにやにや笑ってしまうのですが、ポイントは、滑稽過ぎない、というところ。
 面白おかしく撮られていても、強面から滲む凶悪さは損なわれていません。

 ですから、笑えることは笑えても、画面には常に緊張感があり、それが観る者を引き付けます。少年たちがどうなってしまうのか、というドキドキを終始感じていられるのです。

 笑いと緊張の匙加減が非常に上手いことは、この作品の大きな特徴の一つでしょう。


 この作品で描かれる光景には、どことなくシュールな印象を受けます。

 例えば少年たち。
 彼らは無知な子供であるが故に、見ていてヒヤヒヤするような行動を遊び感覚で平気でします。パトカーを勝手に走らせてしまう時点で、大人からしたらかなりやばいです。そういう場面が、この映画には散りばめられています。
 彼らの行動も直面する危機も、日常には起こりえないようなものです。けれど、一方で、大人が見ると怖いことをはしゃいで楽しくやってしまうという所には、少年らしさが滲んでいて、とてもリアル。
 ありえない事なのに、どこか現実味を帯びているのです。

 滑稽な悪党たちの描写も然り。
 彼らのする言動は日常にはありえないものですが、普通はできないことをあっさりとやってのける「映画的非現実」の気配も全くありません。やっていることは非現実的でも、その光景――さらりとこなせずに苦労している様はやたら現実的なのです。そして、なんだか「分かる分かる」という妙な気持ちにすらなってきます。
 ここが彼らの滑稽さの一つで、シュールな笑いが見事に決まっています。

 私たちの日常にはありえない光景が、非常に現実的に撮られているのです。


 この作品は、前述のようにパトカーの周辺で起こることのみに焦点を当てています。つまり、それ以外の部分にはほとんど言及されず、悪党たちが一体何をしてどう繋がっているのかも明示されません。

 けれど、これは作り手の野心的な試みであり、成功していると言えるでしょう。分からない部分があるからこその恐怖がしっかりと感じられるのですから。
 もう少し言うと、少年たちに分かることしか観る側にも分からない、というのが、彼らの内の疑問や恐怖をリアルに伝え、感情の追体験を促すような印象なのです。

 そしてラスト。本当の自分を引き出された彼らの運命がどうなるか見せないことによる余韻が、また良いのです。一体どうなってしまうのか? という緊迫感と、きっと大丈夫だと思えるような、大人の目に変わった少年の成長とが相まって、最後には不安と希望の入り混じった余韻を残し、幕を閉じます。


 本当に、本当におすすめの映画です。
 『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を観て感動した方、ぜひこちらの映画もチェックしてみてください。


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