社会全体のおもいやり・想像力

先日、ほとんど関わりのなかった高校の同級生から連絡が届いた。
急なことだったので驚いたが、とりとめもない思い出話でやりとりは終了。
さすがに彼のことを不審に思ったので、他の同級生に彼からの連絡について尋ねてみると、どうやらFXの勧誘をやっているということらしい。
まあ、どことなくそんな予感はしていたし、よく耳にする手口だったが、いざ自分がされてみると、こんな方法をやってくる人がまだいるのだなとある意味社会勉強になった。
当然、FXの勧誘など決して褒められたことではないのだが、果たしてここで僕たちは彼に対して叱責を加えるべきなのだろうか。それが彼に対するおもいやりによるものならばいいが、被害を受けた側としては批判的な気持ちが強くなりがちだろう。自業自得とはいえ、周りから非難を浴びた彼は徐々に徐々に孤立化していき、FX勧誘のコミュニティにより傾倒していくようになってしまうのではないか。被害を受けた人は「どうして彼なんかに優しくしなければならないのか」と考えるかもしれないが、一度そういった沼にはまってしまった人間を周りの人間がひっぱり上げてやるというのは、社会においてとても重要なことだと思う。これすなわち、「社会全体のおもいやり」というものだ。自己責任・自業自得という個人主義的な価値観は、いずれ社会全体を蝕む。お互いの欠点を補い合えるというのは、社会を形成する事の大きな利点の1つのはずだ。僕は、いわゆる「自己責任おじさん」に代表される気持ちの悪い個人主義を嫌っている。コロナ禍で社会全体に余裕のない今だからこそ、お互いをおもいやる気持ちや真の”社会性”が必要になっていると思う。

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