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煙の向こう側 4話

なごみが中学3年になると、高校受験のためもあり、同じアパートの別棟に部屋を借りてくれた。

和は、やっと夜の声から解放されたのだ。

夜がきても、もうカタツムリになる必要はない、勉強さえしていればいいのだ。

和は、英語が好きだった。
普通科へ進学し、短大でいいから英語の勉強を続けるのが夢だった。

相変わらず週に2回ほどは筒美が来ていた。
筒美は建設会社の役員で、世間でゆうところの「妾」をかこうには十分な収入があったのだ。

またその当時は、それが男の甲斐性でもあるかのように言われていた。

後になってわかったことだが、筒美が母と付き合いだした頃、筒美には病弱な妻がいた。和より年上のいれば子も3人いたが、病弱な妻に代わって祖母が面倒をみていた。

付き合いだして10年もたたないころだろうか、筒美の妻は他界している。
だがその後、大人の事情とやらで、筒美と母が一緒の姓になることはなっかった。
この時点で入籍していれば、和の母への思いも変わっていたかもしれない。

悦代は筒美に囲われながらも、ほかの男|《ひと》をアパートに呼んだりしていた。が、男女の仲ではなかったと思う。

その人は、とにかく優しかった。
筒美がそうではないというのではないが、この人なら『お父さん』と心から
呼べそうだと思ったことは確かだった。
だがそれも、和から奪われてしまった。

当初の頃から和を苦しめていた、母への憎しみが、まるで入道雲のように
どんどん膨れ上がっていくのがわかった。

 母は何のために筒美と一緒にいるのだろう

いつも和の前では、筒美の悪口を言い、一回り以上も違うオジサンと一緒にいてやるのだから、何かしてもらうのは当然だといった高飛車な態度をとっていた。

もちろん筒美の前では、おくびにも出さない。
そればかりか、親戚の前では、筒美が自分の夫であるかのように振舞い
盛り立てさえするのだった。

和は母に一度だけ聞いたことがある。
それは中学2年になったころだっただろうか
 「悪口ばかり言っている人と、何故一緒にいるの?」と。
煙草をふかしながら母は
  「子供には解らないことだ、黙ってな」
同時に、和の頬に悦代の手のひらがとんできた。

祖母のもとに帰りたいといつも思うようになっていた。

毎日でないにしろ、3人でいることにというより、母の家族ごっこに
嫌気がさしていたのだ。

母は、自分の行動や言動はいつも正しいと思っている女だった。

一緒に住むようになってから、気象の荒い悦代に些細なことで怒鳴られ
手を挙げられることも、しばしばだった。

この頃、母への憎しみと共に育っていったのは、母への恐れでもあった。

和|《なごみ》はよく夢をみる。
何か黒い得体のしれない大きなものに追いかけられる夢。
懸命に逃げる和に覆いかぶさるように、その大きな黒い物体は和を飲み込むように追ってくる。
やがて物体が黒い影にかわる。
逃げても逃げても、その大きな黒い影はついてくる。
そして、暗闇の中に落ちてゆく。
そして、怖くて怖くて、目が覚めるのだ。

和が高校に上がる頃
「和、普通科に進学してもっと英語を勉強したい」と母に言った。
初めてのわがままだったと思う。
最初は生返事をしていたが、図りかねて筒美に相談したのだろう。
「そんなお金あるわけないだろ、大学にもいけないんだから職業科へ進学しな」という答えがで返ってきた。
その一年前、筒美の次女は、その市で一番の普通高校に進学していた。
後二人の兄姉も、その例外ではない。

本当の父は今、どうしているのだろう。
風の便りに再婚して子供をもうけたと聞いた。
私のことは忘れてしまったのだろうか。
和の中には、堤防に座ってソフトクリームを食べた父の面影が浮かんだ。
思い切って訪ねてみようかと思ったこともあったが、何をどうしていいのかもわからないまま、時が過ぎていった。


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