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煙の向こう側  3話

悦代は和を祖母に預けたあとしばらくは実家から仕事に通っていたが、半年もたたないうちに、隣市にアパートを借り一人で出て行ってしまった。

そして、また半年もたたないうちに、知らないひとを連れてきた。 
そのひとは筒美といい、悦代とは一回り以上も歳が離れている。

いつの間にか悦代は、煙草を吸うようになっていた。
水商売にどっぷり浸かっている様子だった。
悦代が和に筒美の話をする時は「お父さんは・・・」というのだった。
和もそう呼ぶようにと強要されたが、和にとって父と呼べる人は、山名の父一人だけだ。
性の違うひとをお父さんと呼ぶことにも抵抗があったが、呼ばなければ叱られるという恐怖感が勝っていた。

悦代が和に会いに来るのは1か月に1回だが、いつも筒美と一緒で、和は母に甘えることもできずに時がたっていった。
悦代が忘れっていったハンカチを握りしめて泣く夜が何度もあった。

和は、小学校も高学年になると一人でバスに乗ることができるようになり、土曜日になると母の住む隣市へ行くようになった。 とは言え、悦代は相変わらず夜の仕事で、和はアパートにおいていかれる。
そし夜中に酒のにおいをプンプンさせて帰って来る。
それでも和は、母に会えるのが嬉しかった。
このまま明日が来なければいいのにと何度思ったことか。 日曜日になれば祖母のところに帰らなければならない。 1週間が待ち遠しい和であった。

和が中学に上がる頃、悦代は和を手許におきたいと祖母にきりだした。

相変わらず筒美は週に1・2回アパートに来ているようだった。
和が一緒に暮らし始めても、それは変わらなかった。

狭いアパートの部屋で夕食を3人で囲む。
 普通なら絵に描いたような幸せだ。

それから和は、また一人になる。
夜に一人でいることにも慣れてきた。
母が夜の勤めから帰ってくるまでは・・・

母が帰ってくるのは嬉しいが、筒美も一緒に帰ってくる。
和は夜が大嫌いになった。というよりも夜が怖くなった。

ぐっすり眠っているつもりでも、夜中1時を過ぎると必ず物音がする。
酒臭い母とその連れが帰ってくる。それからが和には地獄だった。

狭いアパートで、隣どうしに布団を並べている。

あっ!!夜の声だ。

和は耳を塞ぐことも寝返りをうつこともできない。
ただ背を向けてずっと息をひそめて、つつかれたカタツムリのようになっているしかないのだ。

隣の二人は夫婦ではないという固定観念が、和を苦しめていた。

酒に酔った母が、筒美に泣きながらこんなことを口にしていた。
『この子さえいなかったら』と・・・・・

和が起きているとも知らず、筒美に胸の内を吐露したのだ。

和|《なごみ》には左脚に障害がある。
産まれて間もなく高熱をだし死の淵からは這い上がったものの、それと引き換えに脚に障害が残ってしまったのだ。
和は自分に課されたこの事実によって多少の不自由を感じることのあったが、そう気に病んでいるということはなかった。

しかし、母の不用意な一言によってついた心の傷は消しようのないものとなった。

この時を境に、和の母への思慕は跡形もなく消え去り、代わりに「憎しみ」が、芽生えたのだった。

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