水曜日の窓辺
古今のふれあった俳句作品についての所感を記録しておくノートのまとめです。
折々に出会う花々に寄せた句日記。 野草・野菜の花から名木と云われる一本桜まで、花にもいろいろ、人と同じのように思います。
本編の「ため息俳句」には、ちょっと収まりそうもなかった試作的なもの、紀行文など、それと、自分の作品作りへの姿勢など、あれこれです。
俳句をたしまなれる方々には世に月並俳句と云われれば、お腹立ちのことと思います。しかし、俳句のよしあしなど皆目見当もつかない老人ゆえ、せめて「月並」と云われたいと願う始まりの25回分のまとめです。番号がついています。これはせめて100回までは続けようというモチベーション保持のためにつけたものです。100回以降は、番号はありません。
レタスは、通年いつでもスーパーマーケットの野菜コーナーにあるので、人参大根よりも、親し…
上嶋鬼貫の句にある。 面白さ急には見えぬ薄かな 『河内羽二重』元禄4 句意は、「スス…
ぎっくり腰になって、散歩も億劫になっていたが、今日は少し遠くまで歩いた。 小麦畑は、…
先週あたりから目に痒みがある。両目ともにだ。 昨年は、6月に入る前後にはじめてこの症状…
「十七文字徘徊」とか看板を挙げているが、特に定型至上主義ということは、全くない。ここの…
昼顔は雑草である。 昼顔や耕す人の逝き果てて 空茶昼顔の蔓はもつれていろはにほ …
井上井月の句を見ていると、句に大袈裟なことばの身振り手振りがないところに一番惹かれる…
年をとると、身体のダメージはそう簡単には回復しない。若者はそこがわかっていない。ぎっく…
角川版「季寄せ」では、「夏の色」を、(初夏めいてきた風色)とあり、「夏の匂い」「夏の光…
ぎっくり腰と云えど、立派に病いであるはずだが、命にかかわることはなさそうである故か、ど…
朝方、畑でぎっくり腰の一撃に見舞われた。 鋏を拾おうとして、手を伸ばしながら腰をかが…
河野裕子 子を抱きて …
畑のあちこちに種がこぼれて芽を出してきたものがいる。 先ずは紫蘇、これは大葉である。…
朝食を食べおえて、新聞を読んでいた。 なにやら庭先が騒がしい。 目をやると、婆さんが…
このところ、上嶋鬼貫『独ごと』がお楽しみである。 岩波文庫の復本一郎校注「鬼貫句選・…
心理的な変調が、身体感覚に反映するということは、よくあることだという。 何にも意欲を…