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#小説 記事まとめ

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記事一覧

【小説】 よーい、どん! 【ショートショート】

 サッカーとかバスケとか、みんな憧れてやっているけど僕は苦手だ。  今は小学校六年生だからクラブも仕方なく卓球クラブなんかに入っているけど、中学生になったら陸上部に入りたい。それも、短距離がイイ。  五十メートル走なら誰にも負けない自信があるのに、僕の小学校には何故か陸上クラブがなかった。  学校で一番足の速いのは僕だったけれど、今日の昼休みに学校で二番目に速い同じクラスの会田が勝負を挑んで来た。 「山里くん。オレと五十メートル勝負しようよ」 「勝負? どうせ僕が勝つけど、

ラムネ 三羽さんの”色”企画

ラムネ   【517字】 はつなつの風がラムネの瓶を揺らして、カランキランと零れ落ちたビー玉は、君の浴衣の柄に留まった。 炭酸は初夏の光に沸騰を免れず、空高く上げられた。 その雨を受けて、傘もなく歩く君の姿は清々しくさえある。髪が頬に張り付いたって、浴衣を透けて下着の線が見えたって、君が素敵だって事実を何ひとつ損なうものじゃない。 僕が傘を差しだしても、君は何を今さらという顔で笑った。 だからさ、僕が傘を畳んだのは。 降り止まぬ雨の隙間から青い空が覗いたのは、もう僕のア

【短編】『春の訪れ』

春の訪れ  森の奥深くの洞穴に眠るヒグマはツバメの鳴き声を聴くなり寝返りを打つ。誰もいないはずの湖のほとりにつがいのシマリスが現れ、風で飛ばされた木の実を求めて草をかき分ける。それを遠くの水面からじっと見つめるカバは水中へと潜って再び水面に顔を出すと、鼻から水を勢いよく吹き出す。シマリスは突然のことに身を震わせて森の方へと去っていく。再びツバメが鳴くとヒグマが寝返りを打つ。どこからか怪物が唸り声をあげながら近づいてくる音がする。白いボートだ。船上には二人の人間が立っている。

短編小説 「未発掘の本」

ある日、僕はいつものように図書館に足を運んだ。図書館は僕にとって、静かで落ち着ける場所だ。ここでは、誰もが読書に没頭している。その静けさが、僕の日常に平和をもたらしてくれる。 目的は少し変わっている、もちろんそれは本を借りることである。普段は人気のある新刊や話題の作品を手に取ることが多いが、今日は違う。誰も借りたことのない本、つまり「未発掘の本」を読んでみたいと思った。それが最近の僕の小さな趣味になっている。友達には時間の無駄だと言われたがそれでも構わない、それは人気の本も

短編小説:招き招かれる時のマナーと嘘

(1)祥子の場合 その一か月前、私は都内のワンルームのアパートに引っ越したばかりだった。 七畳のワンルームは冷暖房も付いており、南向きで日当たりが良い所が気に入っていた。 久し振りの一人暮らしということもあり、金曜に仕事が終わると、私は食料品の買い物をし、翌日の土曜日に食器や家具の買い出しに行くことが日課になっていた。 東京で一人暮らしをするのは十年ぶりだった。新卒で会社に勤めていた頃、給料が百万円たまった所ですぐに実家を出て、やはり小さなアパートで独り暮らしを開始

月を食べた男

 前任者から急遽引き継ぐことになった囚人の監視に、瀬戸は右往左往していた。 「珍しいですね、ここで独房だなんて。しかも監視は僕一人だけですか?」 「これは極秘事項でな、一人で監視した方が都合がいいんだ。彼が、ここから逃げ出す心配はない。しかし、このことが外に漏れたら、まず、お前が疑われるぞ」 「彼は誰なんですか?」 「こいつに名前は、もうない。必要があれば、紙魚と呼べ」 「罪名はなんですか?」 「前例のないものだ。歴史上で、人間が犯した罪の中で最も重いとされている」 「最も重

【短編小説】夕涼み

■ 父の葬式の2週間後、僕は実家に帰った。 帰ったと言っても、帰省ではない。 会社を辞め、都会の暮らしを引き払ってきた。 新幹線を降りてからが長かった。 地下鉄や私鉄を乗り継ぎ、1時間近くかけて、やっと実家の最寄り駅に着いた。 そして、駅前で1時間に1本のバスを待った。 バスでまた、30分は走った。 バスを降りると、うちまでは歩いて15分だ。 今日の昼頃、引き払った武蔵小山のマンションを出た。 しかし、今はもう夜だ。 如何に夏至の頃と言っても、8時が近くなると、辺りは

【掌編】ヒーロー

仕掛けられた時限爆弾。目の前には赤い線と青い線。どちらかを切れば今すぐ爆発、どちらかを切れば君は助かる、そんな劇的なシチュエーションにあるとして。 その爆弾に対し、君が取り得る選択肢は、およそ四つ。 ①赤い線を切る ②青い線を切る ③赤い線と青い線を切る ④赤い線も青い線も切らない 一番危ういのは、もちろん③。どちらかを切れば即爆発なら、どちらも切れば即爆発だ。君の身体は木っ端に砕け、確実に助かることはない。 ①と②のリスクは同一。爆発の確率は50:50。手掛かりも保証

赤い金魚と僕の物語り

風が止み、夕焼けが空を染める頃、静かな町の一角に佇む古びた家。 早くに両親を亡くし、姉は嫁ぎ、広い家にただ一人。生きるために生きている。三十路を目前にし、僕は考えることを諦めていたそんな人生について向き合っていた。金魚鉢の前に座り、水槽の中で穏やかに泳ぐ「金魚」に話しかけて。それは、投影していたのかもしれない。金魚鉢で飼いならされる金魚と僕を。 姪っ子がお祭りで手に入れたその金魚は、飼い猫を理由に僕のもとへと託された。とても小柄で泳ぎ方が少しだけ変な真っ赤な金魚。定期的に水

短編「闇溶け」

 真夜中の道路。薄汚れたガードレールが通り過ぎる車のライトに浮かび上がる。しかし、その歩道を走る一台の自転車の存在に目を留める者はない。ライトを消した自転車と黒づくめの女の姿は闇に紛れている。  国道と並走しているこの道は抜け道として使われることも多く、深夜といえども交通量は少なくない。長距離トラックの風に煽られ、自転車のハンドルが取られそうになるのを千佳は慌てて体勢を立て直した。  ばかみたい。  呟きは風に流され、闇に埋もれる。  これから消えようとする者が怪我をし

まだ眠れないの?【一二〇〇文字の短編小説 #5】

昨日から妻のブルックが入院している。のどの奥の腫れがひかず、手術を受けて一週間ほどを病院で過ごすことになった。 ロンドンの街は雪がちらついている。入院二日目の妻を見舞った僕は夕方、誰もいない自宅に帰ってきた。いつもとは違い、ひっそりとした空気に、孤独を感じざるを得ない。キッチンのシンクにはいつかのポーランド旅行で買ったマグカップが二つ並んでいた。濃紺の体に白く小さな花がいくつも描かれたカップは、どちらの底にもうっすらとコーヒーが残っていた。 結婚して五年目、久しぶりにひと

毛玉と木の芽とハンカチ[短編]

あるいは4月について  桜は満開なのに季節が回れ右!をして突然寒くなった。 積み上がった洗濯待ちの洋服の中から、アヲがひっぱり出したのは毛玉の浮いたセーターだ。 あっちにもこっちにも丸い毛玉がぷつぷつ浮いているが、暖かさにはかえられない。 シーズンの始めは毛玉もまめに取っていたが、3月を過ぎ出番が少なくなるにつれて手入れもおろそかになってしまう。 それでもクリーニングに出さないのは、突如やってくる思いがけない寒い日に備えてのこと。 毎年この“最後の一回”が着納めとなる。

「神様っているのかな 」#2 (短編小説)

母が足を怪我をしてから、しばらくの間、“アズキ”の散歩が私の日課になった。 私が住むマンションから、母が一人で暮らす実家まではふた駅分の距離。電車に乗るほどの距離でもないので、私が生まれ育った家まで自転車を走らせ、それから柴犬の“アズキ”を連れて近所を散歩する。 運良くというか、ちょうど私が昨年からフリーランスになったばかりで時間が取れるので、母の代わりに散歩をしているのだけど、さすがに疲れてる日などは億劫で仕方ない。 でもこればかりは引き受けざる得ない。なぜならアズキ

ショート 啄木鳥(キツツキ)

午後4時、梅雨冷えのホームは、人も疎らだ。予定の列車到着まで2時間もある。指定席の切符も準備した。 長く勤めていた会社が倒産し、転職して半年、50代で初めて営業をやってみたが、迷惑ばかりかけてしまい、引越しを機に退職した。 これから向かうのは、故郷だ。両親はすでに他界し、兄弟も居ない、親戚とは、連絡がとれなくなっている。友達と話した記憶はもう20年以上前だ。それでも故郷へ向かうのは、ある目的のためだ。 駅弁とお茶を買ってから、到着した列車に乗り込んだ。ちょと眠って目が覚