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我が生涯に一片の

 「恥の多い生涯を送ってきました」で有名な『人間失格』の葉蔵は作中で26歳だとされている。20半ばの分際で恥の多い生涯だと自称できるなんて、どれほど放蕩無頼な人生を送ったのだろう(私自身は人間失格を未読なので詳しくは知らない)。

 恥の多い生涯だと決めつけるには、あまりにもまだ私たちは若い。恥ずべき生涯であったかどうかなんてことは、地獄で閻魔大王が謁見なされるその時に初めて決定することで、むしろ地獄に行くことこそが大恥晒しであると思う。今はとりあえず徳を積めるだけ積んで、そして天国へと行ける階段を作ろう。

 コンビニでおにぎりを買えるのも服を着れるのも、電車の車窓から外を眺められるのも、人間の労働の賜物である。一人の人間のクソみたいな黄昏れを支えているのがほかの人間の労働なのであれば、いっそこの際シンギュラリティでも起こって人間は機械に全面屈服するか、もう絶滅したらいい。私は厭世主義者として、ここに反出生主義および亡国論を説く。

 こんな調子で長々と書き連ねたので4000字くらいありますけど、どうか御付き合いください。

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 話を戻そう。

 長い人生だから、たまたま一時的に職がなくなることがあったっていい。ミスターSASUKEこと山田勝己だって無職だった時期があるが、彼は今鉄工所の社長をやっているし、水曜日のダウンタウンでマスコットキャラクターにまで上り詰めた。そう、問題はアナタが窮地に陥ったネズミになったとき、猫に甘噛みできるかどうかだ。

 無職は恥ずべきことではない。私から言わせれば、職を失った人間なんかよりもユーモアが欠如した人間のほうこそよっぽど見るに耐えないと思う。
 もはやユーモアがない時点で無職より恥ずべきだ、生涯収入とかキャリアとかスキルとか、そんな小難しいものは知らん。ギャルに言わせれば、人間界ではユーモアとセンスしか勝たん。全身黒色のシニヨン女より楽観マインド金髪ギャルのほうが絶対に社会的地位は上であってほしい。

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 大事なのは、人と比べないこと、自分の考えをしっかり持つこと、そして死ぬこと以外はかすり傷だということ。大事MANブラザーズバンドもそう歌っている。特に人と自分を比べることは本当にダメ。良かった試しが一切ない。百害あって一利なし、これは一理ある。悲しいリアル。

 悲しいかな、20歳前後になる頃には立派な職に就き労働をするべき、という風潮がこの美しい国ニッポンにはある。
 日本を支配する新卒至上主義に引っ張られ、周りを見て右に倣えの要領で私も就職をしてみたのだが、ふと気が付くと列からはずれていた。別にこんなに仕事張らなくてもよくない?と思って即行動に移した自分の英断を褒めてあげたい。『職・即・辞』、斎藤一のこの信念を私も大事にしたい。

 あのときの私は確かに、レールを正す仕事をしていたはずなのに、気づけば自分のほうがそのレールから脱落してしまっていたのは皮肉な話である。なんの弾みか、人生の分岐器で側線に入ってしまったのは私のほうであった。
 長い長い人生なんだから、この先に待避線なんてものはいくらでもある。優等列車の通過を待つのもまた人生である。望みは光の速さで飛んでいき、音はあとからこだましてくる。

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 世界は思ったよりもしょうもないし、つまらないし、無意味、そしていとも簡単である。どうせ何者にもなれないのだ、意味がありそうでない、雰囲気アニメのような人生を送ろう。私は、全部終わってしまってから理由付けとか考察とか小細工をしたいタイプだ。私の人生は死後に評価されることになるだろう。ゴッホより普通に大器晩成を目指す。

 希望はあまり多くは持たない方がいい、だが悔いは残さない方がいい。これは私の人生における指針である。希望を持てば持つほど一気に失うリスクまでも背負わなければいけないこの世知辛い世の中、大きな希望はいつかその自重で持ち主を心身ともにぶっ潰す。
 それならば私たちは余計なことを考えない、心のミニマリストになろう。ただし悔いは残さないように、いざというときに物資や友人は多いほうがいい。あれも欲しいこれも欲しい、物欲のマキシマリストになろう。

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 さて本題。

 私は今年の1月末に仕事を辞めた。新卒で入社した会社だったが、特に頑張ろうという気持ちもなく、労働者としての誇りもなく浮ついていたところに、タイミングよく"なんでこんなことしてるんだろう期"がやってきたので、偉い人に辞意を伝えて退職した。社会のマナーとして退職の1か月前には申告せねばならないので、辞意を伝えてからの1か月ほどはまさに抜け殻であった。 

 一応半年間ほどは社会人として仕事をしていたはずなのだが、それはもう遠い昔の記憶のようで、もはや前世のような感じ。ちょっとだけ長い白昼夢を見ていた気分だ。
 それよりも、初めての地での一人暮らし、学生時代にはできなかった贅沢な旅行、金額の大きめの買い物をできたことのほうが収穫がデカい。
 私の人生をロードムービーにしたとき、前職に関するシーンは一切入れたくない。この幻の一年は人生のNGシーンとして、ジャッキーチェンの映画みたいに巻末にコミカルに収録されるのだ。

 「なぜ仕事を辞めたのか」という問いは転職活動中に面接官に死ぬほど訊かれたので、これ以降はもうご法度にしてほしい。私自身も面接を重ねるうちにわけがわからなくなっていった。
 正直確固たる絶対的な理由がなかったので、言葉にするのが難しい。例えるなら、45点くらいの理由が6つくらいある感じだ。まあそれらを統合すると「辞めたい」という理由になるのだろうか。いろいろあるんスよ、人生。

 勘違いされるとアレなので弁明するが、決して仕事は嫌いではない。知識を吸収することや人と話すこと、外に出ることは割と好きだ。無気力で社会不適合の気(け)はあるが、人間としての誇りと社会性は一片ほど持っている。実際こうやってちゃんと転職活動をして職も見つけたし、学生時代には3つのアルバイトを掛け持ちしていた。亡国論を説きながらも、根は愛国心にあふれる日本国民なので国民の三大義務くらいはしっかりやらせてもろてますよ〜!

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 新卒時の就職活動をもう少し腰を入れてやるべきだったと転職活動中に何度か思った。こればかりは後悔しても覆水盆に返らずだが、年下の子達に同じ轍は踏んでほしくない。
 これから就活する人達、特に新卒の人は、"マジで"ちゃんとやっといてください。情報収集とか根回しとか勉強とか自己分析とか、できることは全部。 

 日本は美しい国なので、新卒という言葉にめちゃくちゃ甘いです。新卒というステータスは想像以上にデカい。新卒の就職活動は、玉も石もひとえに同格の「新卒」として混交されるまたとないチャンスです。装備がどうのつるぎでも、上手くやればかいしんのいちげきが出てミルドラースもりゅうおうをも倒せるのです。どうのつるぎが勇者ロトのつるぎに化ける最初で最後の機会なんです。

 日本では肝心なことを教えてくれない。確定申告のやり方とかポールの本数に頼らない駐車方法とか、新卒ステータスの価値、及び既卒者中途者採用の壁の高さ、そして勉強することの"本当の"大切さとか。学校では作者の気持ちを考えさせる前にまず、人生でつまずかないための最低限の常識を教えて欲しい。

 何も知らない20すぎの若造にいきなり、今後40年身を捧げる会社をひとつ選んで幾多の選考を勝ち抜いてそこに入社しろ、というのはあまりにも過酷なのだ。
 ただ会社に入って40年ものんべんだらりと過ごせるわけがない。給料、昇進、人間関係、勤務地、福利厚生、健康、やりがい、景気、あらゆる要素が降りかかる。これらを入社前にすべて調べあげ、その中から1社に絞る。これが出来るのが人生でたった一度しかないというのはもう完全にバグだと思う。

 転職活動中に目にした求人は、新卒時に比べて明らかに目劣りするものばかりだった。口コミサイトで調べると軒並み評判が悪い、よくわからない中小零細ブラック企業。"こう"なってしまうのである。なんのスキルもない、職歴もない、会社を一年未満で辞めた人間への門口はこうも険しくなるのだ。今年はコロナ禍もあってか、特にそう思う。

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 実際に転職活動をしてみた感想。

 私は転職活動にあたって、80ほどの履歴書(Web履歴書含む)を出したが、一次面接に行けたのは6-7社ほどだった。10社出して1-2社通れば御の字、と言われていたが、私の場合はそれより遥かに低水準だった。
 なんのスキルも強みもないので仕方ないとは思うが、結構凹む。ほぼ無差別に企業に応募していたので、面接の案内が来た企業をよく見てみるとドイヒーな会社であったり、勤務地がべらぼうな僻地であったり、社長がサイコパスだったり、あとから肩を落とすパターンもあった。

 自己PRとか退職理由、志望動機を練り上げることは、実は結構楽しかった。というのも、新卒のときって基本的に話すことがなかったからだ。ガクチカ(この言葉反吐が出るほど嫌い)としてサークル活動とか学部での勉強とか、そこまで信念をもって活動していたわけではないので、ちょっと掘り下げられるとあっという間に底が見えるレベルだったからだ。

 その点、転職活動というのは実際に仕事を経験したバックグラウンドがあるので、曲がりなりにもちゃんと話すことがある。大義名分さえ果たせればいいので、テイだけは取り繕ったほぼノンフィクションエピソードを作り上げることが出来た。なので転職活動の面接ではかなり流暢に話すことが出来たのだ。イギリスの三枚舌外交のように、面接時には違う人格が私には宿っているのだと思う。面接は外交だ。

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 自分は運が良いのだろう。転職活動を初めて1か月経ったころ、内定が出た。最終面接の翌日に内定連絡の電話が。中途採用特有のスピード感あるものだった。

 事業内容自体は公共性が高く堅実、また大手企業とのパイプもある。短所も長所も明け透けに話してくれた。会社の雰囲気も、肌感ではあるが温和なように感じたので、ここにしようと決めた。
 本当に運がいいと思う。多分これ以上転職活動をズルズル続けても、空白期間が伸びてしまうので、いずれ後悔してしまいそうな気がしていたのでこれは勇気の決断だ。

 好機はいつでもあなたの目の前にぶらさがっています、という四畳半神話大系の占い師の言葉を頭の中で反芻させた。確信は持てない、でも多分これが、好機なんだろう。

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 余談だが、この2月と3月、転職活動と並行して私はずっと喫茶店に行っていた。幸いにも前職での貯金があったので、余裕はあった。喫茶店に行ってコーヒーをすすりながら本を読む、バイトもせずに。そんな毎日を送りながらぼんやりと、私ニートに向いてないな~ってずっと思っていた。私は風来坊にはなれない。人生には何か、大義名分と適度な刺激と月に一度のまとまった収入がなければ楽しくないんだなぁ~~~って。

 これでもしもまた私が仕事を辞めたら、そのときはまた笑ってください。そのときも多分、なんとかなるはずなので。
 人生捨てたもんじゃない、あっと驚く奇跡が起きる予感をずっと持っていよう。いつも心に一欠片の希望を。

 

 

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