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鬱治療あるいは快復に向かって

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生きる事を”選んだ”日からも苦悩は続くけれども······
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#必要

私に”鬱が治った”という認識はありません。

そういうと不思議に思うかもしれませんが、人によっては躁鬱病ともいうかもしれませんが、これからも長いようで短くて、短いようで長いかもしれない人生の中で、落ち込む日もあれば心躍る日もあります。何回だって。ただこれらが自分がコントロールできないような、もっと具体的にいうと日常生活に支障をきたすようだと”病気”と判断されるだけです。例えば愛する人が亡くなった、誠心誠意込めた事柄が意味をなさなくなった、など

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私が某宗教にはまらなかった理由∶その2

毎回宗教新聞を発行していて、買ってもらっていたという話をしました。

相手が買って、そしてくれているんだからもらっておけばいいじゃんと思うかもしれませんが、人間意外と複雑?にできています。

いくら向こうが勝手にやっているとはいえ、毎回奢られているばかりでは気が引ける、そんな思いしたことありませんか?たまには返しておかないと、相当図太い神経の持ち主でなければそう思うのが普通です。

私が一回ひとり

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