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当事者がしている希※念慮と病気への対処。

希si念慮(※書くのも厭で一部伏せ字にしている)とうつ病という心(というより脳)の病気への対処について、当事者(数年前これで生活と仕事ができなくなり、復帰してからも後遺症に悩まされている)がしている対処を書いています。

うつ病など、いわゆる心の病になってしまった時に思うことは(おそらくほとんどの場合はじめは気づかずにいるので、正確には明確な違和感や不調、生活や仕事への顕著な支障などの事態になってから)、「(ただでさえこんな時に…)よりによって何で」、「今までそれなりにやってきたし時には大きな障害なども乗り越えてきて…確かに人生いろいろあると思ってはいたけど、まさか自分が…」といったことなど。

それに加えて、体の病気とか怪我ならまだ納得もいくし対処のしようもあるのに…とも思うかもしれません。

(自分自身、とても失礼なことながらいわゆる三大疾病などや不測の怪我などだったらまだ気持ちをしっかり持って対処できるのに…と思ったことがあるし、今も時々思ってしまうことがあります)

また、いくつか思い浮かぶ「あの時」に戻ってやり直したいとも。

そのうちに自分がもう不要な存在のように感じられたり、ただのリセット願望とは違う消えたいという思い、つまり希※念慮が浮かんできたりも…

そんな状況を少しでも良くするためにすがるような思いでいても、以前は情報が少なく、逆に現在は情報過多でどれを信じたらいいのかさえ判らない…。

いいかもと飛びついて求めた効果がなくて、あれこれ繰り返したり疑心暗鬼に…

(おそらくこれらには症状も影響している)

私は専門家でないただの当事者ですので、当事者が医療(医師と薬、休養)とカウンセリング以外に自分で自分のためにできることを書いています。

別に目新しいことでないかもしれませんが当事者がしているのなら少し心に残るかも(効果は別として)。

さらっと項目や太字のところだけでも読んでいただけたらと思っています。

何より伝えたいのは、

⚪︎それは自分ではないこと

(例えきつくて時にはデフォルトで自分そのものからのように感じられていても)

⚪︎病状が良くなれば消えるということ

⚪︎必要ないことにまで苦しめられる必要はないということ

⚪︎その上での対処例

ここでの対処方法は、念慮と病気に対して闘うというよりはそれらを認めた上でやり過ごしつつ身心を回復させていく(状態がきつい時は特に)というような話となります。

(以下、希※念慮はだいたい“それ”か“念慮”、それを含む病気による症状などは“それら”と表記しています)

※これを書き出したのは2021年の7月頃。その4月にあることで不調を発し、それまで数年感じていなかったこの念慮(過去に感じたものほど強くはなかったものの)を感じたため、自分なりに学んだ対処の確認を兼ねて書き出したものですが、その後の不調でエネルギーが不足して文章がうまく整理できないのでいずれ完成させたいと暫定版としています(未整理な部分がありますが素材はだいたい書いてあると思います)。

〈目次〉

・希※念慮とは

・多くの人に知っておいてほしいこと

・対処の考え方

・以下の対処についての補足

・対処例

・参考・補足的なこと

・おわりに

《希※念慮とは》

病気など思うようにならない状況が続いている時や大きな事故に遭った時などに頭によぎり、時にはデフォルトのように居すわったり、それしかないとさえ思わせるもので、時に言葉に出す「消えたい」などのキーワードを含む※※願望や※※衝動と同じく危険な徴候として周囲や医療関係者が(もちろん本人も)注意すべき感情や思考を持っている状態のこと。

文字にするとあっさりとも感じるが、当事者にとってはリアルな(時にはごくごくリアルな)想像と行動で何とも言えない感覚を伴う。

それにこの名称、きっと配意した上でのものなのだろうとは思うが、もう少しいい表現がないものだろうか(それを言ったら※※願望や※※衝動もそうなのだが)。

言葉にするとどうしてもイメージを特定してしまう傾向は全てにあるが、ネガティブな言葉にはその傾向が強く、それを感じて認識した時や、それを表現(医師や他者へ伝える必要がどうしてもある)しようとこの言葉を口にした後などは特に思う。

もちろん自他ともに注意すべきことというのは判っているし、そのとおりで、他の表現が思いつかないでいるのだが…

《多くの人に知っておいてほしいこと》

①あくまでも症状だということ

ただでさえ状況や病状がきつい中で、こんなことになって…リセットできたらとの思いは本当によく判る。それらを認められない思いなども…。

でも少なくともそれは病気による症状なので治ったら消える。

自分またはその人が変わった訳じゃない。

②病気でなくとも感じうる

これに近い感情を抱くことは誰にでもある。

例えば突発的でショックな出来事に直面した時や思うようにならないこと・否定などが続いたり訳の判らない壁に疲れを感じた時などに。

こんなはずじゃなかったのにどう足掻いてもいつものようにいかない。そんな時に限って…というか、えてしてものごとはそれぞれに起きて時に重なるのでそれらや疲労が蓄積した時、そこに忍び寄って便乗し、かつマウントしてくるのがそれだったりする。

③誰にでも起こり得る

自分はなり得ない。前向きな考えと行動があればたいていのことは何とかなる。思うようにならないことがあるからこそ奮い立たせてやっていくものだ。などと思うかもしれない。

でも、体の病気と同じくこれも病気なので誰もがなり得る=だからその症状と思いもそうだし、同じくある程度の注意はできるけど、なるかどうかやタイミングを選ぶことは難しい。

《対処の考え方》

様々な状態や症状があるが、原因は強力な心身への負荷(ショックな出来事など)や継続的な負荷(過重労働負担の継続など)やそれらの蓄積によることが多い。

症状は、それらによって生じたホルモンバランスの崩れや器官の機能低下などが相乗的に生じさせる意欲の低下やマイナス感情や様々な体調不良など。

簡単に言えば心身(特に脳からか(内蔵からのことも大きいかも))が疲弊しエネルギーが枯渇した状態と言えるかと思う。

厄介なのはそれによる影響だけでなく、その心身(特に脳)を休めエネルギーを回復することの難しさ。

そもそも数値化・可視化が難しいし、先に回復しがちな身体に影響されもするし、感情や思い(これらにも症状が影響する)にも左右される。

とにかく心身トータルとしての回復が優先。

《以下の対処についての補足》

今きつい状況にいる人にとってこんな知識は何の気休めにもならないかもしれない。

それでも、少なくともそれらが病気によるもので自分がどうかした訳じゃない(確かに病気ではあるし失ったことなどは多いけど…)と感じるだけでも違うのではと思っている。

以下の対処は、先の見えないトンネルにいるような感じと焦燥感の中で何とかしたい思いで調べたり、時には無駄どころか余計な負担とダメージを受けたりしながら(この辺り、とにかく何かに集中していられると少し落ちつけるという効果と危険もあるので注意が必要)体験して自分が効果を感じられたものを書いた。

とにかく何より大事なことは身心(特に脳)を休ませること。

《対処例》

⚪︎認めること

これはできればのおすすめ。

それはいやなものだし本当に苦しい。

気がつくといつの間にか取り囲まれていていて、時にはそれが根深いところにあるような感じや自分そのもののようにも感じる…

ただでさえきついのに…、できれば消えてほしい。取り除けるものなら取り除きたい。

でもそれはがんとしてあって…

時には(というか度々)それを感じている自分への否定とこんな現状(休んでいることなど)や仕事、人間関係などへの感情などがあって、気がつくとそれがスパイラルになって繰り返している…

でもこれだけは言いたいのは、原因や今のきつい状況や状態は別として、それに付随してきている“それ”や“それら”に感情に追い打ちをかけるように苦しめられる必要はどこにもないということ。

確かに原因はきっとある、外に(それに加えてそれらにまつわる自分のミスなどにも気がねしていることなどもあるかもしれない)。

でも、今それを感じているのは自分で、きついけどよく見てみると、それらも自分の中にある。

別に自分を無理して変えようと言うつもりはない。

ただそれは、どんなに無くなれと願ったり何かしても、自分の中にあるものだからそう簡単に除いたり割りきれるものではない(だからこそなおのことにきついのだけど…)。

だからまずは、ちょっと無理があるように感じるかもしれないけど(特にとてもきつい時には)、それがあることだけは認めてみる。認めてあげる。

“それら”は本当の自分ではないけど今はある。

「何を💢・?」と感じると思うけど、勝手なイメージでは「あ~ある。かなりだ…。でもこんな状況だから仕方ない、というか当然かもな~」みたいな。

もちろん常にこんな気楽で他人事のように感じている訳でも感じられる訳でもない…が、対処に肝要なこととして、ひとまず認めた上で、自分をケアしていくことかと思っている。

①時間的・物理的な距離を置く

つまり「離れて、休む」。

もしかしたらここに書いていることは全てこれに集約されるのかもしれない。

これは、ストレッサーから離れて疲労が蓄積し枯渇している身心(特に脳)のエネルギー回復のため。

(ストレッサー:ストレス要因のこと。多くの場合、人間関係や仕事のことがストレス要因となっていると言われている)

それができたら苦労はないと感じると思うけど本当に大切。

とにかく少しからでも、それ・それらから離れた時間・空間を持つ。

仕事を休めないとかいろいろあるかもしれないけど、ならば休憩とかトイレを増やすとか、体調が良くないと断って普段の気遣いとかせず、閉じた自分になってもいいから。

②いっぺん棚上げする

あれやこれや(気がかりなことを含め)をとりあえず置いておく。

中には仕事のことなど、自分がやらなければと感じると思うけど(その思いは確かにそのとおりだけど)、自分が(も)これまで様々な状況でやってきたように、他でも何とかなることも多い。

とにかく今はこの病状や症状から離れることが先。

とりあえず、ひとまずは仕事や他者、生活のあれこれと距離を置いてみる。

確かに多くのロスやあれこれがあるけど、本当に大切なことや人とのことはきっと後から取り返せるはず。

※特に大事なことは判断力を含めたいろんなエネルギーが枯渇しているから相当に疲弊するし、下方かつ極端な判断をしがちなので後回しに。

③寝る

何を?と思うかもしれないが何気に(というか本当に)ばかにならないからあえて①と②とは別にしている。

睡眠は心身の休息と無意識下の整理のために大事なことは当然ながら、特にこの病気では(その前段階の状態を含め)睡眠への不調が出やすい。

そうでなくとも、どこか気がかりな思いなどがあって身心のどこかに緊張が続いている時は睡眠自体や体調への不調(首肩の凝りや頭痛など)が出やすくなる。

まずは休むのが優先なので一度寝られるだけ寝てみるのでもいい(本当は体内時計とある程度の生活リズムを守りたいが、時には崩してもいい)。

少しお勧めするのは、とりあえず寝起きに今日もあまり…とか思わずに「まぁ少しは眠れたかも~」とか「よく寝た~」と思ってみること。

もちろん事実と実感が大事だが(騙されたと思って)してみるだけでも身心は直結しているので違ってくるように感じる。

※ひどい睡眠不調がある場合は無理せず医師などのアドバイスを受けること。

④気を紛らわす

例えば趣味とか興味のある本や映画・動画とか、習慣的にしているのならジョギングや軽いトレーニングなど、“それら”とあれこれを考えずに済むなら何でもいい(もちろん深酒や暴飲暴食などはなしで。また、過度に興奮したり交感神経を優位にもするものはパスで)。

そんな気になれない時もあると思うので(きつい時は本当に無理せずに)できることを選ぶ。

何の意味があるのかと思うかもしれないしトライ&エラー的なところもあるが、ワークだと思って自分なりに思いつくことをいくつかあげてみて、やってみる。

もちろんこれが向いてそうだとか、これしかできないでもいい。

(これを書いている今、自分はせっかく時間のある時にと録画しておいた番組や映画が見られず、いくつかの気軽な動画チャンネルの視聴と少しの趣味しかできていない)

もちろん心身の休養のためなので気張らずに、そして、できれば楽しめるものがいい。

それらをする前の億劫さや面倒くささ、している時の感じとした後の感じなどで自分とそのタイミングに合うことを見つけていく。

これはコーピングというストレス対処の手法でもある。

とにかくほんの少しでもいいから気が紛れる時間を持つようにする。無為にいつもそれらとそれらに伴った感情や思考にいるよりも少しの間だけでも離れた時間があることはきっといいはず。

⑤体を動かす

④と被るところもあるが、とにかく何でもいいので体を動かす。

無意味なものでもほんの小さなこと(例えばテーブルの本を元に戻すとかゴミを捨てるとか)でもいい。

動いてみると動けるってことは何気に多くある。

常識的には「(思いついたり何かを目にして)何かしよう」と思って(脳が体に指令して)体が動く」だが、その逆もあることが証明されている(むしろそちらが主かもとの説もある)。

やる気を感じなくても動いているうちに変わってくること、動くことで改善されてくることや静かな時間を持てることもあるということ。

※ただし、強度のあるものは要注意。

体の回復のほうが早いので体力維持のためにもやりたいと思うかもしれないが、体への過度な疲れが心側もしくは両方にきて寝込むようなことにもなるので注意(その回復感触が実は一過性の場合もある)。

おそらくこれは疲労や優位になった交感神経の揺り戻し的な意味もあると思う。

特に、強度の高い筋トレやダッシュなどは無酸素運動はその間何も考えない(考えられない)時間を持ちやすいしそれ以外にも効果が認められてもいるが、心身のエネルギーが消耗・低下している今はよほど習慣化していないかぎり見送るべき。

⑥感覚に意識を向ける時間を持つ

これも④のように離れた時間を持つことでもあるがもっと大きな意味かある。

まずは今の自分の感覚。

座っているなら座面とそこに触れている体の感覚、周りの音、外なら空気の動きを皮膚感覚でなど。

“それら”を感じている身心の感覚を感じてみる。

そのうち例えば体全体がだる重いとか胸や手脚の違和感などもあるかと思うのでそれもよく感じてみる。

きっと心の内や体のどこかに何かしらがあるはずで、自分の場合、きつい時などは首などの凝りや手足にしびれや力がない感じが多い(あと呼吸がうまくいってない感じなど)。

次に、さらに五感を開いてそれとは別のもの・ことへ意識を向けてみる。

全ての感覚を開くような感じでただただ五感から入ってくる情報を受け取る。

例えば周りの景色やいろいろ聞こえてくる音などや座っているなら座面の感覚などでもいい(④の気を紛らわすことをしているならその感じでもいい)。

どの感覚でもいいし、1つでも複数もいい

大事なのはそれに判断や意味付けせずただ感じること(できるだけでいいので、これは良いとか良くないと思わないで)。

たぶんすぐに感情や思考が湧いてきて、時にはいつの間にかそれやマイナスの感情などに引きずられて考え込んだりするかと思うが、これは常に動く脳の働きによるもので、気づかないだけで普段でもあるもの(たぶん)が静かにしていることで気がついただけ。

まして今はこんな状況なのだから仕方ないし当然なことなので気がついたら是非などを思わないように感覚に戻るのを繰り返す。

少しでも感情や考え(特にマイナス方向の)から離れ、感情や思考以前の感覚を感じる・観じる時間は実感がなくても良い時間になっている。

おすすめは公園や川辺の散歩。

木々からはフィトンチッドという安静効果を持つ物質が出ており、水の流れにも同様の効果があるという。

また自然界の環境には1/f揺らぎによる効果も期待できる。

⑦いいことを見つける

日々の中でついネガティブな方に行きがちな中でも(なんてことだとよく思う。良くなるために休んでいてもそのこと自体も自動的に下方指向・思考の材料となる…)きれいに見えた空や月とか。

こんなこと・小さなことと感じるようなことでもいいので毎日その都度そう感じる・思えるものに目を向け見つける。

できればダウナーな時に思い浮かべると気分が改善するようなこともあるといいかもしれない(今の自分にはしっくりくるのがない…)

《参考・補足的なこと》

向き合って、つきあっていく中で大事かなと思うことを順不同・未整理なままで恐縮だけどいくつか。

⚪︎体の回復のほうが早い

これも厄介なことで、例えばある日ふと体が軽いと気づき動いてみると気持ちも乗ってきてもう大丈夫じゃんと思え、その後に反動がくることがある。

できたことを過信しているとその落差に驚く。

これは本当に多いので注意。

(ほんっとめんどくさい…)

⚪︎きっちりとでなくほどほどに

これはこの病気との関わりの全てにおいてそう。

睡眠など含め不調の改善のためにあれこれ考えたり試したりするが個人差などがあるもの。

薬もそうで合う合わないなどがとてもある。

何にせよ、すぐに白黒判断するのでなく、時間もかかるからほどほどにで。

⚪︎先読みしない

これは病気でない人でもしていることだが、何気にマイナス方向に考えがち、かつほとんど自動的(これ実は普段でもしている生存本能にも基づくもの)にそうしてしまっているが、実は結構無意味か無駄なことが多いもの。

特に今はネガティブに考えがち(たぶん症状もある)、するなと言っても自動的にしてしまうこともあるが、そういうものだと判っておいて、せめて自分からはしない(ようにする)。

⚪︎時間がかかるかもと考えてみること

多くの場合、気づかぬうちに無理することで蓄積したりショックなことによるダメージがあるのでその回復には時間が必要(ダメージも時間も本当に想像以上)。その経過も徐々にで、ガラッと良くなることはない(逆に要注意)。

医療や諸々のタイミングで割とすんなりいく場合もあるが、これは思っておいたほうがいいと思う。

(現状、万人に効く薬はないし薬だけで治るものでもなかなかない)

つらいけれど、焦らず、症状と状態の波にできるだけ一喜一憂しないように。

⚪︎時々言い聞かす・確認する

何をしてもどうしても“それ”に取り囲まれその感情や思考から離れられない時などには「これは症状だということ、自分ではないということ」を再確認する。

時には「自分なんて…」などと思うかもしれない。が、なぜそう思うかと言えば(確かにこれまでのことや失敗経験などがあるからかもしれないが)、自分なりのこだわりなどがあるから。

そのこだわりは、あって、その上で今はそのままでいい。

⚪︎1度に1つ。そして1つ1つを丁寧に

効率の良さとその向上が至上的な中で過ごしてきていて、これまた自動的にそうしようとしている(同時進行とか)が、本来人間はマルチタスクに向いていないので疲労の大きな原因でもある。

1度に1つ。丁寧に。余計な疲労も少ないし、結局のところこの方が早い。

⚪︎陽の光を浴びる

本当は朝の陽の光がサーカディアンリズムを整えるためにもいいがこだわらなくてもいい。

とにかく陽光や外の空気に触れることには説明しきれない何かがある。

〇無常

美輪明宏さんの説に『正負の法則』というのがある。

曰く、「人生には良いこと良くないこと、快不快や幸不幸、喜びや悩みなどが交互に訪れる」。

そして良くない時には「棚卸しの時期だと思って自分を顧み、かつ備えて自分によきことを」とも言っている。

⚪︎聞いてもらう

話す・表現することで得られる考えや視点もある。

1つだけ注意はよく相手を選ぶこと。その上でも心配があればとにかく話すことを聞いて批判や助言などはしないでとしてから話すほうがいいかもしれない。

できれば専門知識を持っているなどのほうがいい。

私のカウンセリングの体験談はこちら

⚪︎呼吸法

自律神経は自分の意識・都合で何ともならないが唯一呼吸だけは少しできるので身心の中間的なものとして重視されてきている。

ストレス対処に効果がある呼吸についてはこちら

《おわりに》

お読みいただきありがとうございました。

人生、普通?に生きていても思うようにいかないことは多々あるし、時には落ち込んだりガス欠かと感じることもあると思います(どんなにポジティブな人でもきっと…)。

だから時には少し休息を入れてよく寝たりして、リセットできた~と感じるなどして、またいつもの生活や仕事に戻っていく。

きっとそれでいい…のでしょう。

でもそうしたことの中でふとしたことから一線を越えたり(当事の私には線と感じられないほどのものでした)、それを続けているなどのうちにいつの間にか…というのがこの病気になる典型でその境目はとても曖昧。

いつの間にか普通にできていたことができなくなっていることと、それどころかな日々の中で「消えたい」とか「…たい」と感じることのへの驚きとつらさ。

それでも人生の中でもこれは他の病気や、何もなくとも普通にあるハードル的なものの1つでしかない。

だからこれを特別視して言うつもりはなくて、それでもただ、こんなものがあるということだけでも知っておいてもらえたら。

そしてここに書いた対処がほんの少しでも役に立てばと願っています。


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