日本人のリズム感
どうやら根も葉もない噂らしいが、ロックハンドのDeep Purpleが来日のおり、ギターのブラックモアが、日本人のリズム感にいちゃもんをつけたとか……
まあ、彼に限らず……日本人のノリが、海外とは違うとはよく言われるらしい。
ここで一言言っておきたいが、日本人に於てリズム感が希薄とは断じて思っていない。
ブレークダンスなどで、日本人の活躍が目立つが、リズム感に優れていないと、あんなリズミックなダンスはこなせないだろう。
ただし、日本人の場合は西洋系と違って、民謡等……四拍子の場合一拍と三拍にアクセントが入る。ジャズやロックのオフビート……つまり二拍と四拍にはいるので、コンサートなどでは、つい民謡調の手拍子になってしまうのだろう。
もとより最近ではロックなどをガキの頃から聞いて、オフビートも身についているのだろうが……ビートを「ハートビート」と解釈している僕としては、例えばアフリカ系のリズムとは一線を画していると思えるのだ。
ジャズをやっていた頃、ドラムの一人がやたらリズムにうるさく……なにせ、始終メトロノームを脇に置いて練習しているのだ。
演奏に於て「走る」傾向にあった僕など、いつも皮肉を言われていたのだが、僕としては、ちょっと違うぞといつも思っていたのだ。
はっきり言うが、僕の考えでは、音楽は基本「楽譜」では表現出来ないということだ。
もとより、僕の演奏に不備があったことは認めるが、ビートを心臓の鼓動と考えていた身としては……演奏がノルにつれ、自ずと鼓動も速くなる。これを、四角四面のメトロノームこそ正しいと主張する向きは気に食わなかったのだ。
話しは変わるが、例えば日本の三味線などは断じて「楽譜」をもって伝承してきたわけではないだろう。
それでも、芸大でも長唄を教えるとあれば、三味線の音やリズムを「楽譜」に落とし込むというのは、昨今では常識らしい。そういう一派もある。「東音会」などだ。
実は、お袋が長唄ファンだったのだが、この「東音会」の演奏を「雨垂れ三味線」と罵って、嫌っていたものだ。
「楽譜」は確かに便利ではあるが、「楽譜」の中に「音楽」はないと僕は考える。
リズムの原点であるアフリカ黒人のリズムを聞いていると、やはり「楽譜」には落とし込めないグルーブ感が魅力であることに間違いはない。
「走る」傾向にあった身の自己弁護をするつもりもないが、やはり音楽は融通無碍な「ハートビート」を基本に、耳で聞き、身体で表現するものだと、つくづく思ってしまう。
貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。