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今更「年賀状」?

 僕とは違う、一般的社会人ならば、とっくに年賀状など書き終えていることだろう。

 僕の場合、年賀状を友達に投函していたのは中学生までであった。
 その後は、出したことも貰ったことも殆どない。

 学生時代、僕達のジャズ・クインテットに一時参加していた女性ヴォーカリストから一度貰ったのと……そう、従兄弟からはしばらく年賀状が舞い込んだ記憶もあるが、こちらの無反応を見ての結果か、以後はパタリと途絶えたもの。

 まあ、子供時代ならば年賀状も遊びの延長のようなものだろうが……成人してからは専ら儀礼といった側面らしく、自らに義務化してしまうようである。

 思えば、毎年、年賀状を書くのが面倒だという話を聞く。
 なんでも、去年の年賀状を持ってゆくと、万事そつなく手間を省いてくれるサービスもあるらしいが……そんなモノを貰って、本当に嬉しいのだろうか?

 面倒だ面倒だ、と言いつつ年賀状を認め……面倒だ面倒だ、と思いつつ書いたらしい年賀状を受け取る。まさに、喜劇としか思えない。

 「しきたり」という尤もらしい意見を持ちだす向きもあるが、……これを断固守らなければならないという根拠はない。
 男尊女卑も「しきたり」だ……なぞと言うような耄碌がいるとすれば、お笑い草だろう。

 ネット時代なのだし、無益な「しきたり」など、廃棄すべきだと思う。
 それとも、年賀状を上司宛に出さないと、何か不都合なのだろうか?
 たぶん、そんな会社に明日はないはずだ。とっとと転職を考えた方がいいだろう。

 もとより古色蒼然たる「しきたり」ではなく、「遊び」の延長なら、僕とて異存はない。
 まだガラケーの時代だが、僕とて「あけおめ」「ことよろ」などはダチに送った記憶もあるが……今更、そんな気分にもなれない。

 まあ、年賀状程度ならばさほど実害もないが……21世紀にもなって、日本はあまりにも「しきたり」が多い。糞面倒な手続きに、諸外国のビジネスマンなど呆れるとも聞いた。
 やれハンコだとか保証人だとか、……その他にも、簡素化すべきことは山ほどありそうである。
 お役所仕事というのだろうが……思えば、官僚制度は戦前を引きずっているのだから、なんとも嘆かわしい話である。

 伝統だとかしきたりだとか……偉そうに言い募る輩など、たぶん頭がガランドウなのだろう……

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