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土曜日のカレー、新喜劇からの惨劇

 28の時、パスタ屋の店長を辞めて人材派遣屋の営業職に就いた。
 最初に配属された営業所は大阪の北の方で、駅前のビルに入っていた。ビルの1階に飲食店がいくつかあったから配属後しばらくはそこで昼ごはんを食べていた。
 1階にはカレー屋とうどん屋と洋食屋があって、カレー屋に入ったら、店を出る時はいつも上司のヒル氏が汗だくだったのを覚えている。
「俺、辛いもの食うとこうなるんだよ」と言われて、別段興味もないから「大変ですね」と言っておいた。

 基本は土日祝休みだったが、応募の電話があるともったいないので、土曜は交替で電話番をしていた。ただ、実際に電話がかかってくることは稀で、大体朝の9時から夕方5時まで応接用のソファに寝転がってテレビを見たり本を読んだり昼寝したりしていた。
 昼はカレー屋から出前を取って食べながらテレビで吉本新喜劇を観た。階下の飲食店のうち、出前してくれるのがカレー屋だけだったのだと思う。

 ある時、電話番を終えて帰ろうとしているところへヒル氏から電話が入った。

「うちの嫁が百君に会いたがっているんだよ。帰りに寄ってくれたまえよ。一緒にメシでも食おう」

 ヒル夫人は広島の人だった。夫の新しい部下が同郷と知って興味を持ったらしい。
 同郷といっても自分はこの時点で郷里を離れて既に10年経っているし、ヒル夫人の田舎と自分の地元は随分遠い。共通の話題など特にはないだろうと思ったが、会ってみたら果たしてその通りで、別段話が盛り上がるわけでもなく、単に食事をご馳走になって帰った。
 正直にいうと、この時何だか夫人の目にちょっとした違和感というか、怖さみたいなのを感じた。

 それから3カ月後、ヒル氏は突然坊主頭になって右手に包帯を巻いて出社した。隠しケータイを持って出会いサイトにハマっていたのがバレたのだという。右手はどうも、その際に斬りつけられたのだろうと思っている。

よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。