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二度と行けない店

 10年ぐらい前、仕事で東京へ行った時のこと。
 現地駐在のヘルシング氏と午前中に駅で待ち合わせ、別の用事を済ませて事務所へ行くとちょうど昼になった。

「君、これからメシにしようじゃないか。近くにいい店があるのだよ」と言われるままについて行くと、大きい神社の向かいの定食屋に案内された。

 カウンター席に並んで座り、ヘルシング氏に倣って日替わり定食をそう云うと、じきに味噌汁とサラダと何かもう一品と『あいがけカレー』が出てきた。白米の上に半々でカレーと牛丼の具が半々で乗っている。
 なるほど、確かに相掛けだと思ったが、どっちか片方でいいよなぁとも思った。

「味噌汁はおかわり自由だから、言ってくださいね」とカウンターの中から店主らしきおじさんが言った。
 ヘルシング氏は早速「おかわりください」と言った。自分はまず、定食自体がなかなかの量だったものだから目の前のものにある程度の目処をつけておきたいと思い、「ありがとう」と言って黙々と食っていたのだけれど、遠慮していると思ったのか、隙を見て店主が継ぎ足してくれた。

 カレーも牛丼も味噌汁も、味のことは覚えていない。覚えていないのならきっと美味かったのだと思う。ただ、店の場所は忘れたから、もう行けない。

よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。