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社会不適合者であることを、私はまだ認められていない

私は確実に社会不適合者だと思う。

高校3年生、そろそろ進路を決めるタイミング。そこで私はとある国家資格を志すようになる。
奨学金を借り、高校1年生からアルバイトで貯めた貯金で、理系大学へ入学した。
文系だった私にとって理系の学習はあまりにも難しく、ついていくのがやっと。でも、なんとかしがみついて前期を終えた。難しくてとても大変な半年間だったが、自分の興味ある分野を学ぶことは、とても楽しかった。
だが、後期が始まる頃から、私の心は崩れ始めた。
学業ではなく、プライベートで抱えきれない問題が起こった。(この話はまた今度。)
そして私は一人暮らしを始める。
これが、人生のターニングポイントとなる。

生活費、学費を自分で工面していた私は、そこに「家賃」「光熱費」がプラスされた。生計を立てながら学費を貯めることは、奨学金を借りているとは言え、簡単なことではなかった。
毎日1限から授業があり、ときには、6限(18:30)まで授業をうけた。授業で出た課題は、基本その授業内で提出し、合格をもらった人から帰宅スタイルの教授もいたので、授業終了後に残って提出する。
4限や5限で終わる日は、走って帰宅し、バイトへ。
土日はもちろん朝から晩までバイト。
そんな生活をしながら、国家資格はもちろん取れなかった。単位だけ習得し、私は大学を卒業した。悔しかったけど、それどころじゃなかった。資格を諦めきれなかった私は、半年だけ、仕事と学業を両立させ、ひとつ目の資格をとることにした。

とはいえ、卒業すれば、仕事だけに専念できると、少しだけ希望を抱いていた。

ブラック企業。ではなかった、とおもう。
とある業界のトップである大手企業に内定をもらって就職した。組織が大きいだけあって、「報連相」が全く出来ていなかった。
大学に通うことが伝わっておらず信用問題にされ、転勤先への引越しでも揉め、直属の上司は入社3日目で飛んで消えた。交通費が払われていない。本配属部署は、社員2人が辞めた場所の穴埋めだった。ほかにもあげたらキリがない。
変形労働時間制は、13時間労働や7連勤が許される。その合間を縫って、入社後に取得が義務付けられた民間資格の取得を目指す。
私は、希望を抱いていただけあって、この環境に耐えられなかった。
人はどこへ行ってもみんな優しくて暖かい人ばかりだった。職場の人間関係がなによりも大切だと思っていたので、何が原因か、初めはわからなかった。

自分が目指していたひとつめの資格と民間資格は、ともに半年で取得することは出来た。
だが身体がもたなかった。
頭痛が3日、4日治らない。出勤前の憂鬱は当たり前で、腹痛や吐き気、嘔吐。出勤すればひどい口渇感に頭痛、頭痛からくる吐き気で立っていられなくなり、早退させてもらうことが度々続いた。

そして私は、休職した。

半年ほど休職し、二つ目の資格を取るべく、小さな会社に就職した。新卒カードを捨て、1年でやめた(実質働いていたのは半年)私を、暖かく迎えてくれた。

仕事内容は、誰が聞いても、1人でこなしているんですか?と言われるような内容だった。でも、以前と比べて組織が小さいため、相談がしやすく働きやすさはあった。
半年働いたあるとき、風邪を引いた。最初はただの風邪だと思った。
そこから1ヶ月、微熱が続き、身体は常に重く、生理が重なれば動くことなどできないほどだった。
いくつも病院をまわり、血液検査もした。原因はわからなかった。

微熱が落ち着いた頃、耳が聞こえなくなった。
突発性難聴と診断された。

ここから、認めたくなかったストレスを疑い始める。

その翌月、交通事故にあった。

このあたりから、学生の頃患ったメニエール病とストレス性胃炎が再発する。
何を食べても胃が痛い。
食べてなくても胸焼けや胃もたれがつづき、常にお腹が張っていた。
少し疲れただけで、耳が聞こえなくなる。
原因はなんだろうと、何がストレスなのだろうと考え、気づいたことがあった。

2週間連続で週5日勤務のフルタイムをこなすと、確実に体調を崩しているということ。

この後も、休日にひどい吐き気と鳩尾の痛みで38度を超える熱を出し、原因はわからず終わった。

そしてまた翌月、風邪を引いたと思ったら、拗らせて喘息になった。
咳をしすぎて肋骨が折れた。

もう我慢の限界だった。すこしだけ、休職することにした。同時にまた、転職活動をはじめることになる。

今働いている職場に転職したことは、これっぽっちも後悔はしていない。



私は、世間一般で多く見られる週5日のフルタイムの勤務ができない。心よりも、体がついてこない。
体がついてこないから、心も同時についてこなくなる。

私にはやりたいことがある。実現するには経験が欲しかった。諦めたくない。なのに、実現できるだけの体力がない。

大丈夫。やり方はたくさんある。そう思って、は、いる。
そのためにも、二つ目の資格を取る。必ずこれは達成する。

普通ができない自分。
普通になりたかった自分。
自分は普通だと信じていた。
理想と現実のギャップについていけない。
なんでみんなは普通に朝起きて、出勤ができるのだろう。あなたのいう仕事に行きたくないと、私の仕事に行きたくないのレベルは明らかに違う。

休んでいる今も、自分はなんでこんなにもゴミなのかと、こんなことにも耐えられないのかと、自己嫌悪に陥る。
他人になら、人それぞれ耐えられることも、耐えられる範囲も、出来ることも、出来ないことも違うんだから、比べてはいけないよと、そう言うのに。
本気でそう思っているのに、
それを自分に当てはめることができない。



私は自分を普通だと思っていた。
普通に当てはめたかった。
今も自分が、普通が出来ないということを受け入れられず「普通」でいられる場所を探している。



そんな場所などないとわかっていながら




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