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「ある男」~人間に貼られたラベル

 去年は、家に籠ることが多かったので、鑑賞本数が少ないですが、それでも観た邦画の中で、傑作だと思った作品でした。

 いろんな観方ができる作品でありますが、わたしは石川慶監督は前々作「愚行録」同様、人間に貼られたラベル、その下に潜在する差別意識についての描き方が上手いなあ、と感心しました。原作は平野啓一郎氏。

 「わたしは誰を愛していたのでしょう」という安藤サクラ演じる里枝は、自分の夫谷口大祐が、別人だったことを知ったとき、茫然自失してつぶやきます。関東の老舗旅館の次男で、家族と折り合い悪く宮崎へきて働いている谷口大祐として、知り合い、結婚した男は、戸籍を変えた全くの別人だったという設定。「ある男」として、谷口大祐の過去を辿りながらのミステリーの手法をとりながら、社会派問題を含んだ展開でした。

1.登場人物

城戸章良(妻夫木聡)・・・弁護士。在日三世であることにわだかまりを持つ。過去に担当した里枝より、夫の身元を調べてほしいと言われ、「ある男」の正体に関心をもつ。

谷口里枝(安藤サクラ)・・・一度の離婚により、故郷宮崎で母親と長男と文具店を営んで暮らしているところ、客として来た谷口大祐と結婚し、一児をもうけ、幸せな4年を過ごすが、大祐の事故死により、彼の過去を調べることを城戸に依頼する。

谷口大祐(窪田正孝)・・・「ある男」原誠として生まれたが、幾度となくその出自に悩む。ボクサーとしても、名乗りが怖くて、試合にでられなかったり、それ以後、2回ほど戸籍をかえ、谷口大祐として生きる。

小見浦憲男(柄本明)・・・詐欺師。原誠に2回ほど戸籍を売り、なりすましを助ける。面会に来た城戸を「在日だろう」と罵倒する。

2.感想(少しネタバレします)

 映画冒頭とラストはルネ・マグリッドの「複製禁止」という絵画が表示されるのですが、冒頭で観たときとラストでは、明らかに、物語の影響で心に響くものが違います。
 主演俳優3人に加え、怪演の柄本明を含めて、皆さん、演技が上手く、ストーリー展開にプラス膨らみもありました。


「複製禁止」


 原誠は、父親が一家惨殺の強盗殺人犯で死刑執行された人物でした。その息子であることから、数数の辛酸をなめます。「幾度かえてもどうしょうもならない」という彼の慟哭は、窪田正孝の演技の上手さもあって、心に響きます。ランニング中に寝転がっての苦しみ、鏡をみて、自分の顔に父親の面影をみて発狂したり。

 城戸章良は、人権派弁護士として成功し、タワーマンションで裕福に住みますが、在日三世である出自にわだかまりを持っています。義母からは、「章良さんは在日三世だし、日本人よ」と簡単に言われてしまいます。
 日本という国は、同調圧力の強い民族でもあり、島国でもあるので、考えている以上に異国籍の方には住みにくいこともあります。
 マイナンバーカードの保険証の紐づけが普及しにくい理由のひとつには、マイナンバーカードで使用で、通名でなく戸籍の名前で病院などで軽々しく呼ばれるのに抵抗があるといった投稿記事がありました。
 城戸自身のわだかまりと妻の浮気疑惑が、ラストへの展開、願望へとなったのだと思いました。

 救いは、里枝の子どもたちで、特に中学生の長男は、谷口大祐のなりすましについても、「大きくなったら、僕がかなちゃん(妹)に言うよ。お父さんは優しい人だったって」というようなセリフには、泣きました。原誠が谷口大祐として里枝と過ごした4年あまり。みんなが幸せだったはずで、そうなると、人間に貼られたラベルの理不尽さ、先入観というのがいかにたよりないものか、を思いました。

 この家族だけに絞って観ると、同情するに値する原誠の出自をめぐる観方もあり、一方で城戸章良の人生を考えると在日などの社会問題も浮上します。自分は何ものかという根源的な問い、出自、属性といった個々の人間に貼られてしまうラベルからの先入観の怖さなど、いろんな観方から感想が言い合える作品でもあると思いました。

#映画感想文 #ある男 #石川慶 #安藤サクラ #妻夫木聡 #窪田正孝

 

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