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【小説】クラスメイト

綾咲さんにとって、私はただの“クラスメイトB”にすぎなかった。

凛と伸びた背筋に、腰まで伸びるストレートな髪の毛。それらは165㎝の彼女が持つべき特権のようだった。しかし、身長が高いのに、全く威圧感はない。挙手するのにすらりと伸びる腕。鉛筆を握る白い指。どのしぐさも上品なのだ。

入学初日、同じ中学の友人と楽しそうに話す綾咲さんを初めて見たとき、美しいと思った。それまで美しいなんて言葉使ったこともなかったし、正直どういうものに使うかもわからなかった。それでも、ひとめ見て彼女に合う言葉は“美”だと思った。

女子が同性に思う気持ちは嫉妬や妬みが多い。「あの子の目は大きくって羨ましい」「あの子みたいなすらりとした足が欲しい」などといって、他人が持っているものを妬ましく思ったしまう。しかし、綾咲さんが持つ“美”は不思議と誰もが認めてしまう。それほど身長も、髪の毛も、細い腕も彼女に合っているからなのかもしれない。

綾咲さんという存在を見つけて3ヶ月の時間が経った。五十音順で決められた席では「あ」から始まる綾咲さんは左前、「や」からはじまる私は右後ろの席だった。教室という1つの空間に閉じ込められていても、私たちの距離はかぎりなく遠い。

一方、クラスメイトたちの間では、“メンバー交換”が行われていた。入学当初は、同じ中学のメンバーでグループを作ってバリアをはり、違うグループの様子を伺っていた。しかし、時間が経つとグループ間の境界線が緩み、メンバー交換が行われる。より気のあった友人を作るためだ。

「女子って面倒だな……」

教室の一番後ろの席から観察しながら、ため息混じりにそんな言葉を吐いてしまう。自分もその女子の1人にすぎないのに、なんだか嫌になっちゃう。それでも自分でどうすることもできなくって、流れ、流され、時を過ごしているのは確かだった。

しかしそんな中、綾咲さんだけは他のクラスメイトと少し違った。お弁当に誘われたら、いく。だけど、誘われなかったら悲しんだ表情を見せず、本を読みながら1人で弁当を食べる。綺麗で目立つから、いろんな人にランチや教室移動を誘われるが、人との距離を保ちながら付き合っているように見えた。

だから、私と綾咲さんは交わらない。流され流され、友人を作っていく私と、1人で凛と立つ綾咲さん。同じ教室にいるものの、私はいつまでたってもクラスメイトBなのだ。

「ホームルーム終わりー!初めての中間テストに向けてラスト1日がんばるんだよー!」

明るい先生の呼びかけの一方、私の心はヘトヘトだった。今日は苦手な数1をなんとか乗り越えた。でも、明日はさらに苦手な数Aだ。家に帰って数Aの教科書を開く。それを考えるだけで、もう億劫だ。

クラスメイトが身支度をしているなか、動く気持ちがしない。バッグを枕に突っ伏していると、最近一緒に下校している美希がよってきた。

「もう!突っ伏してないで、早く帰る支度してっ!バスに乗り遅れちゃうよっ」

ちょっと短すぎるんじゃない?と言いたくなるスカート。左右にちょこっと結んだ髪の毛にクリっとした目の美希が、仁王立ちしている。いつも「黙っていれば、かわいいのに」と思うが、直接本人には伝えたことはない。

美希は自分の思い通りにならないと気が済まない子だ。だから、思ったことはすぐに口にしてしまう。一方、私はクラスの流れ者。美希に「この子はNOと言わない」と目をつけられ、ここ数週間一緒に帰ろうと誘ってくるのだ。

いつもなら「一緒に帰ろう」と言われてもすんなりOKを出す。でも、今日は心も体も数一のせいで疲弊しきっている。ここから約1時間の帰路を美希と過ごすと考えただけでも、憂鬱だった
「あ〜〜ごめん、今日は図書室で勉強しようと思うから先帰ってて」

ごめんともう一度いう。文句を言われるかなと思ったが、動く気がなさそうな私をみて美希はあっさり帰ってしまった。

もしかすると、明日からは「一緒に帰ろう」と誘ってくれないかもしれない。そんな懸念が頭をよぎったが、どうでもよかった。クラスメイトが続々と教室から出ていくなか、私はバッグを枕にしたまま深い眠りのなかに入っていってしまった。


気がついた時には雨が降っていた。時計を見ると14時55分。ホームルームから約1時間も経っていた。誰もいない教室に1人ぐっすり眠ってしまうなんて、新鮮だなと思いつつも、帰る準備を急いでする。

試験週間だから15時には、学校が閉まってしまう。バスは10分おきにくるけど、正直雨が降る中1人バス停で待つのはごめんだ。15時のバスに間に合うためには、とにかく急がなくちゃいけなかった。

カバンを持ち、廊下を駆けだす。雨のせいで廊下は少し湿っていて、下手をすれば転んでしまいそうだった。

「あっつ……」

この前梅雨が明けたと思ったのに、また雨だ。ねっとりと体にまとわりつく湿気と暑さで、シャツは汗でびっしょり。スカートも太ももに張り付いて、気持ちが悪い。

「あぁ、もう!間に合え……!」

スマホを見ると14時59分。バックに入っている折り畳み傘を出して差す時間はなかった。校舎には残っているやつなんて誰もいない、シャツが透けてもだいじょうぶだろう。そうたかをくくって、靴箱にスリッパを放り込み、ローファーの踵を踏んだままバス停乗り場まで向かう。
息を切らしながらバス停にいくと、ちょうどバスも到着した時だった。ラッキーと思いながら、バスのなかに入ると冷気が体を包んだ。「冷房最高ー」と呟きながら、どかっと座ったその時だった。

「待って!」

雨音に負けない凛とした声がバスのなかに響いた。バスの運転手にも声が届いたのか、一度閉めようとしていた扉を開く。「ありがとうございます!」と運転手にお礼を言いながら、入ってきたのは綾咲さんだった。

「(綾咲さんは確か電車通学だったはず……)」

思わぬ人がバスに入ってきて頭が混乱する。汗だくで、シャツも濡れてしまっている。知り合いに今の姿をみられたくないのに、よりによって綾咲さんがこの時間帯にバスを使うなんて、想定外の想定外だった。

そんな混乱している私を置いて、綾咲さんは「見つけた!」と言わんばかりに、ますぐ私が座ってる席にくる。

「山﨑さんよね?隣座ってもいい?」

「い、いいけど……」

急いで隣の席に置いていたカバンをどける。「暑いね〜〜〜〜」と言いながら腰掛ける綾咲さん。長い髪の毛を耳にかけるとき、ふんわりとラベンダーの香りがした。

「綾咲さん、いつもは電車通学よね?きょ、きょうは何で……?」

うまく言葉が口からでてこなかった。走ってバス停まできたせいか、初めてしゃべる綾咲さんが隣にいるせいかわからないが、全身の血が頭にいくようだった。ただただ恥ずかしい。汗だくで、髪も濡れていて、だらしがない。

「今日はね、祖母の誕生日で。祖母の家が東山だから、誕生日会まで図書室で勉強していたの」


そういえば、初めて山﨑さんとしゃべるね。そんなことを言いながら綾咲さんはバッグから「十角館の殺人」と書かれたタイトルの本を出す。

「ミステリー?」

「そう。人が大量に死ぬ中で、謎を解いていくのが好きなの」

人が大量に死ぬ。その言葉は上品な綾咲さんのイメージにはちぐはぐで、思わず笑ってしまった。

「私がミステリーが好きなの誰にも言わないでね。おかしなやつって思われると嫌だから」

秘密ね。人差し指をたてて口元に当てる彼女はとても可愛らしかった。わかったと伝えると、綾咲さんは本に視線を落とし、1ページ1ページ白い指でめくっていった。

そこから30分。バスに揺られながら、私たちは一言も交わさなかった。最初は何か話題を作らなきゃと焦ったが、本に集中している綾咲さんを見るとこれでいいんだと思た。

バスが停車し、また発信する。その振動が不思議と心地いい。いつまでも触れている肩。ページをめくるたびに、緩む頬。今ある空間どれもが私にとって愛おしくて、この時間が永遠に終わってほしくないなと思っていた。

しかし、自分の願いなんて構わず時はすぎていく。「次は、東山〜東山〜」と、運転手の声が聞こえると、綾咲さんは本を閉じ、「次降りるね」といった。

バスが停車し、綾咲さんが本をバッグにしまいながら立つ。綾咲さんと過ごした沈黙の30分は心地よかったが、それでも何か話せばよかったといまさら後悔してくる。何か話したい、私はあなたのことをずっと見てました。急いで伝えようとしたその瞬間、

「明日からは一花って呼んでね」

私、自分の名前大好きなんだ。そう満面の笑みで告げる彼女を、私はこの先ずっと忘れはしないだろう。


綾咲さんにとって私はただの“クラスメイトB”だ。

それでも今日、彼女は私の隣に座っていた。秘密だよ?と言ってミステリーを読んでいた。長い髪の毛は相変わらず美しくって、耳にかけるといい匂いがした。

私と綾咲さんの距離はたぶん変わらない。友達にもならないと思うし、いつまでたってもクラスメイトなままなのだと思う。

「一花………」もう彼女はいないバスの中で、名前をつぶやく。

ずっと見つめるだけの存在だった。彼女は私と違って、他人に流されず、凛と立っている。それを見つめるだけの日々だった。それでも、今日、このバスで、私たちは過ごした。私にとって忘れない時間となるだろう。

バスから降りたら雨はもう降っていなかった。相変わらず暑く、まとわりついた湿気は鬱陶しいけど、嫌な気がしなかった。

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この文章は「書く」を学び合うコミュニティsentenceの小説ワークショップで書いた文章です。sentenceでは文章講座やオンライン勉強会などを開催してますので、興味ある方は以下ご覧ください☺️







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