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『いなくても困らないけれど、いてくれたら助かる』ひとになること

『いなくても困らないけれど、いてくれたら助かる』

5か月目に突入してやっと見つかった2年間の私のテーマ

協力隊のキャッチコピー
『いつか世界を変える力になる』

どうしても私にはしっくりこなくて敬遠してきたフレーズ
理由はよくわからない。でもなにか今の想いにはまらない。

まさに十人十色、隊員それぞれ2年間の活動の仕方はそれぞれ。
ザンビアに赴任した当初、“かっこいい”活動にあこがれていた。
成果が見える活動。アンケートを取って、ワークショップを開催して、その結果を示すことができて…
そんな華のある活動をしたいと思っていた。
でもいざ任地に赴任してみると思うように行かず、自分の未熟さと無力感に苦しんだ。
それでもあきらめたくなくて、見切り発車でアンケートを取り始めた。
アンケートを取って分かったこともあった。でも彼らの“負”の原因は、私の力で取り除けるものではなかった。期待をさせるようなそぶりをして、結局なにもできない。予算をもってプロジェクトとして動いている援助機関の真似事をしてもダメだ。そう気づいた。

それからは自分の手の届く範囲で地味で地道な活動を目指した。背伸びするのをやめた。
“看護師” “JICAボランティア” 
日本で有資格者として働いていたことも、ODAの一環として税金を使って活動していることも、意識することで生まれるプレッシャーも、すべて肩から降ろして活動した。
掃除も事務作業もなんでもした。現地のボランティアさんに教えてもらいながら、時には指示されながら、黒子のように働いた。

ここになにしに来たんだっけ?
こんなことしてていいのかな?
日本で看護師として同じ時間働いていたらもっと高度な知識もスキルも身についていたかもしれない。

そんな思いに駆られることもあった。
そんな風に揺れながら、ザンビアでの自分の在り方を模索していた。

今日、ふと思いついたことば
『いなくても困らないけれど、いてくれたら助かる』

2年間の自分の在り方がやっと見つかった気がした。

一旦クリニックで預かり、後日お母さんに返却する成長モニタリングのカード。
いつもぐちゃぐちゃに横積みされているので、お母さんがカードを取りにくるたび探し出すのに苦労する。
そんな同僚の姿を見かねてカードの向きをそろえて、男女別に並び替えて、箱に入れた。
日本人ならだれでも5分もかからずできる簡単で当たり前の作業。
でも同僚たちはみんな“Good girl!!”と言ってほめてくれた。
小さな小さなことだけれど、褒められるのはうれしい。
なんだか家の手伝いをほめられて喜ぶ子どもみたいだな、と思った。
でもやりがいがあって、居心地がよくて、ちょうどいい感じがした。

小心者で、地味で、まじめで、感受性が強い私にはちょうどよかった。

華やかな活動をしている隊員って、いわゆる“モテるタイプ”のひとだってことに気づいた。
ひとの懐に入るのがうまくて、器用で、愛嬌があって、スター性がって、ひとを巻き込むのが上手なひと。

私は“モテるタイプ”とは真逆のタイプ。
真似をしようとしても空回りするだけだった。だから自分らしい在り方を目指すしかない。

モテるタイプではないけれど、一人のひとから深い愛情を注がれるひと。
そんなひとを目指そう。
日本人の気遣いと繊細さで、『いなくても困らないけれど、いてくれたら助かる』
そんなひとを目指そう。

これは月曜日、予防接種が終わったあとのクリニック。
流れ作業で200回以上注射を打つから仕方ないところもあるかもしれないけれど、まあ日本ではありえない。
ほうきで床を掃きながらなんだか悲しい気持ちになった。


今日はファミリープランニングの日
月曜日同様、注射を打ちまくる日。
同僚Nsが来る前に注射針、シリンジと一緒にアルコール綿とゴミ箱を用意して、動線を考慮して配置した。
するといつもは使わないアルコール綿を使って、いつもは床に捨てるゴミをゴミ箱に入れていた。

完全に黒子だけど、お手伝いだけど、“日本人の看護師”だからできる小さな気遣いと手伝いだった気がする。

同僚もアルコール綿を使ったほうがいいことは理解している。ゴミはゴミ箱に捨てるべきだと気づいている。でも忙しさ、面倒くささで理解も気づきも放棄してしまっている。だからその忙しさや面倒くささにちょっと手助けをする。

その手助けがなくても仕事は回るし、なんとかなる。
でもその手助けがあると、少しだけ状況がよくなる。

出勤したときと、帰るとき、倉庫をぐるっと見回してストックからモノを補充したり、期限切れをチェックしたりする。期限切れが近い医薬品は、使えそうなタイミングを見計らって同僚Nsにさりげなく声をかける。

私じゃなくてもできる仕事。でも私がやらないと誰もやらない仕事。

なんだかんだいいながら、3か月も毎日一緒に過ごしていると意地悪でも不愛想でも怠け者でも、一緒に働く同僚やボランティアさんのことが好きになる。
25年間暮らした母国から遠く遠く離れた異国の片田舎でも、自分の居場所になってくる。
イヤなことも、嫌いなこともたくさんあるけど、なんだかんだ愛着がわいてくる。

“Good girl!”
子どもがお母さんを手伝うように、クリニックの同僚、地域の人々、自分が好きなひとの喜ぶ顔がみたい、ちょっと褒めてほしい。

『いつか世界を変える力になる』
そんなパワフルなキャッチコピーには程遠いけれど、

『いなくても困らないけれど、いてくれたら助かる』
私の協力隊としての2年間は、私のことをそう思ってくれるひとが一人でもいれば合格。

ああやっとやっと、ずっと見えなかったゴールが見えたような気がする。
ゴールへの道は見えないままだけれど、深い深い霧の先にゴールが見えただけでビールで乾杯したいくらい大きな一歩。ちょっと泣けちゃうくらい嬉しいこと。
今日はよく眠れる気がする。

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Zikomo🇿🇲!
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み。

青年海外協力隊員としてアフリカで暮らす未熟な看護師の日々の記録。

青年海外協力隊🌍

2019.1~2021.1 ザンビアで暮らす2年間の記録
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