何に悩んでいるのかわからないということ

2022年の冬ごろから、私の心身は明らかにおかしかった。大学の授業は全く頭に入ってこない、配布される資料や本の文字を読もうとしても目が滑るだけで読み終わったと思っても内容をほとんど覚えていない。夜中、眠気はあっても眠ることができない。もちろん朝も起きられないし、起きられたとしても体を動かす気力がない。毎日頭が痛いし、微妙な気持ち悪さが、常に喉元から胃にかけて燻っている。
なんとか思い立って、大学に設置された相談所を頼るも、自分が何に悩んでいて、何を話したいのかもわからない。けれど、藁にもすがる思いで相談所に駆け込んだ私は、与えられて1時間という制限時間の中で、その場で思いつく限りに言葉を並べてみせた。すると、心理士は「初めから、こんなに自分の思いを言語化できる人はなかなかいないですよ。すごいですね。」などと私を励ましてくれた。しかし、当の私はいまいち自分が何を話したか覚えていないし、そんな状態で心が晴れるわけもない。その後数回相談所に通ったが特に変化はなく、いつの間にか大学2年生になっていた。
2年生の春には、精神的な調子が幾分か良くなっていて、心を入れ替えて新しい活動を始めようと、教育系のボランティアや塾講師のバイトを始めるのだが、調子の良さは長く続かず、6月ごろには元の状態に戻ってしまった。そんな中で、精神科を受診し、うつ病の診断を受けて薬物治療を始めることとなる。すぐにバイトやボランティア活動も辞めてしまうこととなり、夏休みには睡眠障害も認められ、今では抗うつ薬と睡眠薬を服用している。

そんなわけで今に至るわけだが、一番底の状態から考えればある程度は復調したものの、いまだに本調子ではないように感じる。この約1年間を通じて、私が自分の不調やその原因について考えてきたことを整理するために、筆(?)を取ったわけである。

自分の調子のおかしさの原因について、初めは単なる疲れや、いわゆる五月病の延長のようなもので、いずれ回復するだろうと楽観的に考えていた。しかし、一向に良くなる気配もなく、それまで人一倍真面目に受けていたはずの授業にさえ出る気力がなくなってしまったので、真剣に考えることになったわけである。

結局のところ、うつ病と睡眠障害の診断を受けたわけなのだが、これらの併発は決して珍しくなく、むしろ良くあることだろう。一般にこれらの原因は広くストレスと理解されることが多く、私も初めはそう考えた。
私は中高一貫の進学校に通い、少なくとも高校の3年間は大学受験のためにほとんどの時間を費やしたといっても良いと思う。その結果として、東京大学に合格できたわけだが、その反動が来てしまったのではないかと考えた。特に最後の半年は、今思えば非常に辛かった記憶がある。私はとても環境や周囲の人間に恵まれていると思うが、両親や親戚は比較的スポーツに若い頃の時間を費やしていたし、私は長男ということもあって、高いレベルの大学を受験する上では、かなり孤独だった。もちろん学費や塾、参考書の費用は親の負担だったものの、勉強という点においてはかなり独力で頑張った点が多かったように思う。大学受験を見据えて、かなり努力をしたことは自負しているし、合格という結果を得られたことで、この辛さからは解放されると思っていた。しかし現実は厳しく、大学に入れば周囲の人間は勉強だけでなく、スポーツやその他の活動を両立して入学してきたような人も多く、見た目にもよく気を使い、コミュニケーション能力も高い。授業を真面目に受けなくても、テストの点数は高く、レポートもそつなくこなしてくる。一方で私は高校生活の多くを勉強に捧げてきていて、それ以外に何か打ち込んだことがあるかと言われれば、ない。さらには家から大学まで2時間弱かかる上、中高はバス通学だったことから通学だけでも一苦労で、周囲に追いつけるわけもない。
このようなことから、私は入学してからもいわゆる大学デビュー的なことを果たすこともなく、ただただ劣等感に苛まれる日々を過ごした。こレラに関係するストレスも不調の一因であったのは間違いないだろう。

一方で、私のように勉強ばかりに打ち込んできたような人たちも、私と同じように、皆悩まされているのかというと、そういうわけでもない。では私とうまくやっている人たちの違いはなんなのだろう。

まず考えたのが、発達障害である。今まで診断を受けたことはないが、自分にASDやADHDなどの傾向があるのではないかと考えた。そのように考えていた頃には、いくらか本を読めるようになっていたのと、自分の不調を解決することに必死だったこともあり、発達障害やパーソナリティ障害についての本をたくさん読んだ。発達障害やうつ病などは、いくつかの客観的、あるいは主観的症状が特徴として規定され、そのうち幾つに当てはまるかということで判断されることが多いようだ。私も、本などに記されているそのような症状のうち、幾つか当てはまるものがあったが、障害として認められるほどたくさん当てはまるわけではないように感じた。昨今ではそのような「グレーゾーン」と呼ばれる、健常者と発達障害のはざまのような人たちについて議論されることがあるようだが、現状ではそれを自分で判断することはできないし、医師にかかっても明確な対応策があるわけでもないようである。このようなことから、自分に発達障害の傾向があることはなんとなくわかったけれども、なんの解決にもならなかった。

次に考えたのが、人間関係である。おそらくかなりの割合でうつ病の原因に人間関係を挙げる人が多いような気がするが、私の場合はそうではなかったし、その多くの人とは異なる人間関係の問題であった。なぜなら、人間関係がないからである。前述の通り、私は非常に周囲に恵まれてきた。小学校低学年までは、その地域のコミュニティで大切にされてきたし、小学校3年生の時に転校しても、(紆余曲折はあったが)すぐに受け入れてもらえた。中高でも同様である。しかし、私には一度として心を開けるような友人ができたことがない。そんな友人ができることの方が珍しいのかもしれないが、日々連絡を取り合う友人なんて1人もいないし、SNSもほとんど使わない。本当に独りであるという自覚がある。元々独りでいることが好きであったこともこれに拍車をかけている。では、なぜこのようになったのか。
繰り返すが、私は周囲の環境にとても恵まれていた。それでもこのようになってしまったのは、むしろ私が周囲を拒絶していたからであるとおもう。このあたりに関しては、また別の機会に語ろうと思うのでこれ以上は深掘りしないが、こういうことである。
人間はあくまでも社会に生きる生き物であって、誰とも接しず、独りで生きることは不可能である。あまり友人が少ないことに寂しさを感じることはなかった(あるいは、自分は孤独が好きなんだと言い聞かせてきたのかもしれない)。しかし、孤独の中に生きることはストレスになりうるのであって、これも一つの大きな原因であろう。

最後にもう一つ、親との関係についてまとめてこの記事を終わりにしたいと思う。私の親は比較的若く、20代前半で私を産んだ。彼らはスポーツに打ち込んで、就職、結婚を経て順調に人生を進めてきて(いるように語っている)いて、あまりにも私の生活する環境とは違った道を辿ってきているので、彼らの意見が、彼らにとっては正しくても、私にとっては見当違いであるということがかなりある。もちろんどの家庭でもそうだろうが、私が大学へ通うのが難しくなって、家に居ることが多くなってしまったとき、「大学、楽そうでいいね。」という母の発言は、私の記憶に強烈に刻まれるほどにショックだった。
また、私が小学生の頃は両親が喧嘩しがちで、父が母に手を挙げかけたのを何度も見た。この喧嘩の原因の多くは私と弟についてのことだったことから、彼らの手を煩わせないように、ということが私の行動原理に深く刻まれてしまっていると思う。私は親の前で努力している、苦労している様子を見せることができない。親の、子供に対する影響というのは計り知れないものである。


ここまで、私自身の外部にあると考えられる、私の精神的不調の原因を述べてきた。しかし、いまだ、私の調子は万全ではないし、その原因も明らかなわけではない。将来についても一寸先は闇といった感じである。一方でこのように文字に書き起こすことは、思考の一助になったと思う。もちろん、自分の内部にもたくさん問題はあるだろうし、全て環境や病気のせいにするつもりはないが、ただ私は、これからの自分が本調子に戻ることを願うばかりである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?