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ショートショート

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不思議な不思議な、超短編。
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記事一覧

デビュタントへ

まだ誰にもとられない手をして立っている人へ。
燃えるようなその手を冷やしてはなりません。
水晶などは握ってはなりません。
炎のような手をそのまま誰かにゆだねる事です。
もしあなたが、恋の焚火の上で足踏みをするような、そんな踊りをしたいのならば、青の似合うような人になるべきではありません。
もしあなたが、浅瀬を力強く泳ぎ過ぎる魚のように、前のめりな生きざまで踊りたいならば、赤の似合うような人になるべ

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【小説版】暑中三行半

道の先に水のきらめきを見つけて、駆け寄ってから陽炎と気が付いた。ここ数日雨など降っていないのだ。手近な木陰へ駆け込むとひやりと首筋のあたりを風がさすっていく。木陰から見た土の道は一面湯をかけたようにゆらゆらとかすんで、とてもそこへ踏み出していく気がしない。金魚鉢片手に、帽子を持ってくればよかったといまさら後悔した。

「何やってんの」
どこからか降ってきた声がぼんやりした頭にやたら響く。
「なぁ」

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先老記

もうこんでええ。
おまんらぁ、きてわしをとしより扱いしてかえりよるだけじゃ。はた迷惑じゃき。こんでよか。

来てやらんかったら不便かろ、淋しかろいいよるけんど。わしはなんも困ることはないがよ。せなあかんこともない、急くこともない。だれかになんぞしてくれち言われることもない。こころしずかでええがよ。けんどおまんらが来よって。先の話ばされゆうと悲しか。旅行ばぁ行くいうても、一週間、二週間先じゃといわれ

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おうちにかえろ

川べりに子供が二人遊んでいた。
男の子は飛行機を振り回して走っていた。
女の子はしゃがんで丸い白い石を選んでは積んだ。
やがて男の子は飽きてしまって、走って行って女の子の積んだ石を端から崩してしまった。
「ねぇ帰ろうよ」
女の子は背伸びして川向こうの時計台を見た。
五時と三十分と二分だった。
「まだ、だめ」
男の子は石を蹴り上げてけらけら笑った。
「でっかい石が落ちてきたらぜんぶ燃えてさ、
溶けち

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0815

わたつみに 玉の花摘む
この花は とおざまのとつくにに
いくさせふとて 勇み去ぬ
あが背子あが子 あにおとと
旗を泣かせて去ぬ人の
したがひし大義も夢も うちやぶれ
あがつまあが子 あねいもと
誇りたまへ 許してたもれ
生き恥の 名をそそがむと
いっせんに 玉の命を砕きたる
その命 散り散りに
砕けたる 波頭に迷い
とおざまのとつくにより
我を恋ふるか 流れよる 
このみなそこに いま咲けるよと 

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0806/0809

音楽が絶えぬ日も文学が朽ちぬ日も人は死にます

愛が死ぬ前にうたをうたう人がいるから 人々は辛うじて生きている
私も。
わたしも

――

知っている人が増えるたびにその人しか持っていないものの多さを思う
あなたがいなくなってしまうまでに
私はあなたのいくつを受け継ぐでしょうか
そんなことを思うとき私の意識は水のように足元に広がっていて、
あなたのところまで広がればいいのに。
同じになればい

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/

産まれる前から人の死に目に会いすぎた

私の愛した人々は霞の向こうへ行く

仏の列の去り行く音を聞いている

寂々と

トラックが霧を巻き上げて走っていくのを見ている

訥々と

雨が降っていた

しゃらしゃらと

砂の流れる音を聞き

私も続くべきかと夢見心地に思う

ことばをおいていかなくては仏の列に入れない

私はことばを手放すことはけしてできまい

口からことばの煙を立ち上らせながら

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ポーの一族へ

時折吸血鬼のようなことを思うのです

私は老人なのかもしれません

時は悠久に滑らかに流れゆくのに

瞬きの間の一生、一滴の輝きのためになぜこうまで濃やかに細部まで刻み込む必要があるのだろう

私は仏師でも細密画家でもないのですから

こうまでミニチュアに忠実に苦しみ悩み歓喜して笑い

なぜ。

人の世の上にたったようなことを思うのです

そう思うと人の濃度で生きた吸血鬼はさぞ、

さぞ苦しんだで

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晨のARIA

霞を食って文字を吐く

この文字が酸素になるならば人の役にも立てるのに

もったいない 

散った文字を搔き集めて後生大事に飾っているけれど

人の肺を潤すには

やはり月桂樹になるしかないようで

しかしまだ挿絵の妖精たちが許してくれぬようで

私は色あせながら街を眺めている

目をあけて夢をみている

いつ死んだんだか

僕はいつ死んだのかわからない

彼が憎かった。
これはいわゆる凡人のあがき。仏にとりすがる餓鬼の手。
わかっていて、さらに彼を憎しんだ。
彼を見上げていると目の端に醜い私が映りこむ。
だが彼の他に愛する人がなかったので、僕は彼を愛した。
僕はまだ死ぬわけにはいかなかった。

あっけなく神は死んだのでした。
他の女を愛して死んだ。
彼を卑しんだ。
なんだ、人間のやることか。
人間か。
僕も、お前も。

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君に言ってんだぞ、ヘルマン・ヘッセ

君に言ってんだぞ、ヘルマン・ヘッセ

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「眠る前にきいてください。僕は、煙草を吸うようになりました」

「先日ね、僕はついに訊かれたんだ。何になりたいんだ、未来のために今何をしているんだ、ってそういう具合に」
「僕は一言だって答えられなかったよ。何か気の利いた言葉があっただろうに」
「そこで思ったんだ、僕は乾ききって形を保っているんだよ。標本だ」
「僕はあの日の君によってピン止めされてしまったのだ。展翅針で

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恋愛談義

寒いねぇ、今夜は
こんな夜は引き寄せるなで肩の一つぐらい
そばへいたっていいようなものだ
僕は若いんだもの

考えてもごらんよ
つやつやした黒髪が
こっちの肩へかかってくるこそばゆさったら、
たまらないよ
そりゃ
おまえさんの毛並もたいそう立派だけれども

あれをごらん
そらあの石灯籠の傍に椿が咲いているだろう
今はああやって上向いているけどもね
あの花はちょっと目を離した隙に落ちるんだ
潔くてい

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苦沙弥先生

おや、
ごきげんよう
ちょうどいい具合に座布団がもうひとつあるからね、
ささ、お座り

おまえさん、
ずうっと同じに返事をするんだね
いいんだよ、それで
今夜はそうそううるさくしてほしくもないから

おまえさん、
名はなんていうんだい
にゃぁごときたか
さてはまだ無いんだな
そいじゃひとつ、
彼の高名な先生にならって
差し向かいで大まじめに馬鹿談義でもしてみようか

おまえさん、
肴は何がいいかな

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ひとり語り

十四の僕は
雪の降る明るい夜に
ひとりで前の箱庭をながめております

このたび僕のいとこがいい人ができたとかで
東京のほうへ行くそうです
しあわせそうに頬染めて
太陽もたじたじの熱い手で
僕に別れをつげていきました

彼のてのひらはとても熱かったのですけれど
節も立たない僕の手はその熱にふさわしくなかったようで
冬の風が不機嫌にみんな掠め取っていきました

僕は今年の秋に十四になりました
子供でも

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