ショートショート『沙羅』
※ トップ画像は「Hecto77 」さんの作品です。
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中林原監督の遺作になるであろう、「沙羅」という映画の試写を見終えた。
沙羅という少女が大人の女性になり、そして結婚をし、子供を産み育てていく姿が描かれていく内容で、特別なストーリー展開があるわけでもなく、淡々と物語が進んでいき、最後に、沙羅の赤ちゃんの時代や幼い頃の映像が思い出として浮かんでくるというものだった。
人によって評価が分かれるとは思うが、私は不思議な感銘をうけていた。なによりも、沙羅という女優や、沙羅の少女時代を演じている子役の将来に期待できると思ったのだ。沙羅の大人になったときの特殊メイクも秀逸だと思った。
沙羅という女優は今はまだ十八歳のようだが、どこか人間離れをしているような透明感と、ナチュラルな演技に心惹かれるものがあった。
半月まえに私の自宅でくつろいでいると、中林原監督が病院で亡くなったというニュースが速報としてテレビ画面にテロップが流れた。
私も映画監督をしているが、私は文芸、彼はSFやホラーものをメインに監督をしていた。彼とはジャンルが異なる気安さで、彼の映画をいくつか観ては楽しんでいたが連絡をとりあうほどのつきあいではなかった。
彼の映画作品を思い浮かべていると、スマホの着信音が鳴った。映画プロデューサーの新水からの電話だった。
「浜村監督。中林原監督のニュース、みましたか?」
「ああ、今テレビでみているよ」
新水の声は少し震えていた。
「来月の五日に中林原監督の遺作になる映画の試写会があるんですが、私もこの映画のプロデューサーとして関わっていますので監督もどうかと思いまして」
私は即座に了承の意を伝えた。それから半月後、千代田区にある一ツ橋ホールで試写を観ていたのだった。試写をみ終えたあとに、新水から映画ができるまでの経過を聞いていた。
沙羅とは中林原監督のひとり娘なのだという。三年前に彼の妻が運転する車に乗っていた沙羅さんが交通事故で二人とも亡くなっていたのだそうだ。私はその事故があった頃、数ヶ月ほど南極でロケをしていたので、そんなことがあったとは知らなかったのだ。
「新水さん。それではこの映画にでてくる沙羅さんとそのお母さんは三年前に撮られたものなのかい? なにやら演技している感じがなくて妙にリアルだと思ったんだが」
実生活での会話とはちがい、映画やドラマでは無駄なセリフは極力、カットして、スムーズな流れにするものだ。
「いいえ。事故直後から撮影をはじめ、編集をやり終えたあと、いままでの疲れがでたんでしょうね。自宅で心筋梗塞に襲われて亡くなってしまったんですよ」
「ちょっと待ってよ。それでは沙羅さんと奥さんが映画に出演するなんて無理じゃない」
新水はしばらく黙っていたが、ようやくと口をひらき、
「劇場公開が終わるまでは秘密にしておいてもらえますか? 中林原監督は、生前、亡くなった娘や妻が出演しているという宣伝めいたものにしたくないと話していたものですからね。ほかの出演者たちもこの試写をみて、はじめて沙羅さんと奥さんと二人が共演していたことがわかったんですから」
と、懇願するような目をして言った。
「ますます意味がわからなくなってきたな」
「監督。沙羅さんと奥さんはほとんどCGなんですよ。プライベートで撮影していた沙羅さんと奥さんの映像や写真を元にして、特殊な撮影技術をつかって映像にし、声も人工音声でセリフを言っています。共演者は沙羅さんや奥さんに見立てたマネキン人形を相手に演技をしていたんです。中林原監督は、沙羅さんが結婚し、子育てをしていく姿をみたいと思って映画にしたいと生前、お話していました」
(了)
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