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SFショートショート『蛍』

「浜中教授、蛍の養殖なんかで利益を生みだすことなどできませんよ」

バイオ科学工場の研究室で、助教授の玉岡が、五十をこえた浜中教授に反対意見を述べていた。

三十をすぎたばかりの玉岡は、若いわりに現実的な研究をおもにおこなっていた。浜中は最近蛍の研究にこり、是非とも養殖をして、日本中に蛍の光をと考えていたが、まだ資料を収集している段階だった。

浜中は、研究をはじめるとつねに自分の片腕だと信頼している玉岡の意見を聞いた。

「玉岡君。養殖といえば、鰻などの食用ばかりだと思われているが、蛍のような養殖があってもいいのじゃないかな。真珠の養殖もあることだし」

「しかしですね。蛍は川などで育ち、成虫になってからは餌を食べることもなく、ただ木の葉にたまったしずくをなめて生きています。それもわずか一週間くらいの命ですよ。そんな蛍なんて販売する前に死んでしまいますよ」

「成虫の寿命を、遺伝子操作で一ヵ月くらいにのばせばいいではないか。私は、蛍という虫は妖精の成れの果ての生き物のような気がするんだ。現代のように殺伐した世界に潤いをあたえる生き物だと思っているんだよ」

「いやいや、蛍という生物はわずかな寿命だからこそ情緒があるのではありませんか? 第一、現代は爆発的な人口の増加で食料問題が急務なのです。心も大事ですが、世界の飢えを癒すために、もっと食料を増産し、確保する研究を急ぐべきなんです」

初夏の季節だからこそ蛍の光は風情があるもの。需要が少ないとわかっているものに研究費をかけるわけにはいかない。夏の熱帯夜に、ふたりの熱い議論は夜明けまで続いていた。
 

世界中をひとまわり飛行して、人々を観察をしたあと、地球をながめながら、なにやらぼやいている者たちがいる。UFOに乗船している異星人たちだ。外見はトカゲのようだ。ときどきチラチラと赤い舌をだす。

「百年ぶりに、刈り入れ時だと思ってやってきたらどうだ。地球養殖場を、隕石や自然の脅威から守り育ててきたというのに、肝心の肉にはダイオキシンや、環境ホルモンとやらが蓄積していて食用にならなくなっている。そのうえダイエットなどとのたまい、貧弱な体のやつも増えている。まったく人間は食えないやつらだ」

「そうだな、隕石や彗星を防いでいたバリヤーを解除することにしよう。もう地球などどうなろうと知ったことか!」

異星人は地球をとりまいていたバリヤーの機器のスイッチをOFFにした。そして、数ヵ月後、隕石が世界各地に降りそそいできた。

地球から、羽を小刻みにふるわせているものたちが光よりも速く、ある存在のもとに集まってきた。そのものたちは、人からは妖精や天使といわれることもあった。そのものたちは世界各地にいて、人々の目や耳から入手される知識や思いを探知している。そして、ある存在に冷徹な報告をしているのだ。

「ごくろうであったな。それにしても悲しきかな、哀れかな。私はただ栄えある世界がみたいと思っていただけなのに、日々もたらされるおまえたちから聞く話は私の胸を痛めるばかりであった。よって地球に限っては加護や導きをあきらめることにしたのだ」

ある存在の言葉をうけたまわるものたちも、辛らつそうな表情だ。

「それにしても美しく悲しい光だ。地球がきらきら光っておる。果てしなき時をかけて成長してきた地球が、一瞬にして爆発し、跡形もなく消えていく。ああ、わしが地球を養殖したのは、いったいなんのためだったのだろう。生まれ消えていくはかない命の、一瞬の輝きをみるためだけのものだったのか……」

(fin)

星谷光洋のオリジナルソング
『旅人たち』

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