ショートショート『思ったつもりが』
俺はデ―ト中、玲子からいやらしいだのなんだのと言われたあげく、バチン! と頬を叩かれた。
玲子は目尻をつりあげ、顔を真っ赤なりんごのように紅潮させて、後ろも振り返らず席を立っていった。喫茶店にいる客たちの無数の視線が貼りついてくるようだ。
「なにをじろじろみてやがんだ、ひまじんどもめ! だいたい俺は玲子に向かっていやらしい事なんて云っていない。窓際に座っている奴もさっきから俺を睨んでいやがる。たく! このぼんくらどもめらはよう」
と、俺は思っただけで口にはしていない。
「おいこら! さっきからなにをほざいてんだ。あ~ん、ひまじんどもめだの、ぼんくららだのとよお、誰に言っとるんだ!」
突然どこの誰とも知らない丸がり頭のがっちりした体格の男が、つかつかとやってきて俺の胸元を締めあげ、拳をふりあげてきた。
バチンの次は訳もわからずにガツンだ。気がついたら病院のベットに俺はいた。まったく絶対に訳がわからない。俺がなにをしたっていうんだ? 一人病室のベットで心をさぐってみた。玲子に会いに出かける前の家でもなにかおかしかった。なにも言っていないはずなのに、姉の良子が「なにをぶつぶつ言ってるのよ」なんて言っていたし、喫茶店での出来事もまるで俺の思ってる事がつつぬけだった。
「やあ、目がさめたようだね」
いつのまにか痩せて神経質っぽい、俺のかかりつけの医師が、メガネの奥に笑みを浮かべて立っていた。
「君の名刺入れに、私の病院の回診券があって、ここに運びこまれたんだよ」
「このヘボ医者め、おまえに診てもらってからバチンにガツンだっての」
としつこいが断じてそう思ったつもりで口にはしていない。
「ヘボ医者はひどいですね明夫さん」
「ええ?」(ええ?)
「あなたの思っている事がわかるのかって思っているんですね?」
「はあ……」(はあ……)
「もったいぶらずにお話しましょう。あなたのストレス症状を治療するために、電気ショックで脳を刺激しまして、あなたの思っている事がそのまま口から出るようにしたのです。あなたの過剰ともいうべきストレスは、思いをおさえ込みすぎている事が原因ですからね」
「なんだとう? この腐れ外道! てめえの仕業だったんかぁ!」
と口にしても良かったが、これも心の中で叫んだ言葉だ。
「腐れ外道?……まあいいでしょう」
「ええ! 本音とたてまえなんかいっしょになんか出来ないぜ」
と心でわめいたつもり。
俺はなんとか思いを……、たてまえの思いを伝えようと苦心を重ねて、ようやくそれなりの言葉を使う事に成功しはじめた。
「このやぶ……いや先生、なんとかしてよ」
医師は笑いをおさえるようにひとつ咳をして、メガネをかけなおして言った。
「無心かつ本音とたてまえのない心でいる事は、なみの人間に出来る事ではないかもしれませんなぁ。まあいいでしょう、わかりました。もう一度やって元にかえしてみましょう」
俺はその後、麻酔をかけられ気を失った。
「明夫さん、いかがですか?」
気がつくと医師がのぞきこむように俺をみつめていた。
俺は目をつぶり、ふとこの不可思議な出来事に想いをはせたのだ。思えばこのメガネ野郎のおかげで玲子にはふられるわ、変人扱いされるわ、みんなこいつの、みんなこいつのせいなんだ。無心でいろだってえ、ふざけるなってんだ! 誰だっておおかれすくなかれ、心で舌を出しているってぇんだ、この野郎! 首でもしめてやるか。あれれ! どうしたよ、俺の体が勝手に動いちゃうよ! 俺の手が奴の首をしめていく……。
(fin)
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