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ショートショート『すり減る』

突然、視界がゆれた。私のまえを歩いていた人の背が急にのびたようにみえる。いや、私の背が突然縮んだらしい。なぜなら私以外の大人がすべて私よりも背が高く、そばで不思議そうにみつめる男の子とおなじ目線であることに気づいたからだ。

そのうえ歩くことができない。思わず足をみるとその足が消えていた。

悪い夢だ。きっとそうにちがいない。私は目をつぶり、そしてゆっくりと目をあけた。

やはり現実だ。何度みても私の足がない。それとも道路に穴があいていたのかと思い、まさぐってみても穴などありはしなかった。気持ちの悪い汗がだくだくと流れ落ちる。

しかし、異変は私だけにおきたわけではなく、まわりで叫び声があがっていた。みると、頭が消えて、口のあたりからしか顔のない者。おなかに穴があいた者など、三流ホラ-でもやらないグロテスクなシ―ンが目にとびこんできた。

私は、あまりのことにまたもや目を閉じた。そしてまた、おそるおそる目をあけた。やはり事態はかわっていない。ただ、不思議なことに、子供たちだけには異変がおきていないようだ。それに足の感覚はある。

なぜなら、水虫でかゆい親指のあたりがむずむずしている。ただ目にみえていないだけらしい。思うに、足だけが別次元にいってしまっている状態なのだろうか? そんなSF小説をどこかで読んだ記憶がある。しかし、こう無差別に異変がおきるような話ではなかったはずだ。私は頭をかかえてうずくまっている人たちのところへ、ころがりながら近づいていった。そしてなんとか話しかけた。

「あの~、はじめまして。なにやらとんでもないことになりましたな」

頭が消えた男はなにも答えない。どうやらなにも考えられないようだ。おなかに穴があいている老紳士はひかくてき冷静だ。

「まったくなんということだ。美食だけが私の生きがいだというのに、おなかが消えてはなにも食べられないではないか。ただ、最近は、環境破壊のため、体に悪いものが多いように思えて、食べるたびに心配するようになってはいたがな」

老紳士は、自分のおなかに手をいれ、ひらひらさせてそう言った。

「俺はマラソンの選手だ。練習と、成績へのプレッシャ―に押しつぶされそうな日々だったよ」

おなじように、足が消えた男が言った。

交通事故にあった者なら、経験していることだが、突然の出来事にであうと、人はそのときだけみょうに親しくなり、心のうちをなんでも打ち明けてしまうことがある。

私は……、そう、営業活動で足をすり減らすように日夜、街じゅうを歩いている。さまざまな家を訪問するたびに、いまわしい者でもみるような目つきで断られる。だけど、成績が悪ければ、上司にさげすまされるような顔立ちで罵られる。ああ、足にケガでもしたら仕事を休めるのにと、何度思ったことか。

ん? そうか、ひょっとして、原因はわからないが、精神的にすり減って、それが肉体に影響をおよぼしたのかもしれない。

精神が肉体に影響をあたえることがある。催眠術で、木の箸を火箸だと言って腕にあてると、本当にやけどをしてしまうらしい。ストレス過剰な社会だ。世界に蔓延する鬱積した思いが形になったのだろうか。

交通事故がそこらじゅうでおきている。このままでは世界が崩壊してしまう。

いや、これでいいのかもしれない。人は働きすぎた。全速力で走り続けて、まわりをかえりみる余裕もなく、働きすぎて世界をぶち壊してしまった。

ふと地面をみると、大地までが消えはじめている。どうやら、地球までがストレス過剰ですり減ってきたらしい。

             (了)


※トップ画像はクリエイター「みずほ」さんの作品です。ありがとうございます。

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