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睡眠爆弾・ショートショート

毎朝恒例の散歩にでかけると、たくさんの人たちが、なにか酔っぱらいみたいにフラフラと歩いていた。なかには知っている人もいたので、声をかけてみた。

しかし、なにも答えず、虚ろな目をして歩きつづけていくだけだ。

なにかがおかしい。

私はいやな予感がして、自宅に帰り、テレビのスイッチをいれた。テレビでは緊急報道番組をやっていた。どうやら、昨夜、高名な催眠術師の生放送があり、それをみていた視聴者が、催眠術にかかったままでいるとのことだった。

そんな馬鹿な! しかし、現実に、知人は催眠術にかかっているようにみえた。

学者の話では、昨夜、彗星がもっとも接近した時間に地磁気を乱したことが、相互作用をもたらしたのではないかとの談話がなされていた。 放送したスタッフたちも催眠術にかかっているそうなのだが、悪いことに、当の催眠術をかけた本人までが自分のVTRをみて、催眠術にかかってしまったという。

どうやら、他の催眠術師では解けない暗示らしいのだ。 街はパトカ-や救急車のサイレンがなり響き、ますます騒がしくなってきた。

その後、催眠術のVTRの一場面をニュ-スに流すたびに、催眠術にかかる者が続出しだした。どうやら、彗星うんぬんが問題ではなく、なにかわけのわからない原因が潜んでいるようだ。もう、催眠術師ではなくとも誰がやっても暗示にかかる事態になっている。誰かがふざけて暗示をかけただけで、かけた本人ともに催眠術にかかってしまう。

日本中、鳥になった者や犬になった者。眠りつづける者や、女性になったつもりの者たちが増え続けている。

政府や警察も機能せず、正気でいる者は私をふくめて少数になっていた。いまや、暗示をかけるのではなく、指示をしたりするだけでそのとおりに動いてしまうのだ。あらゆる仕事も休業状態。

どこかの雑誌で、マインドコントロ-ルする機器が、世界中に設置されているとの記事を読んだことを思い出した。まさにこれは催眠爆弾、催眠テロだ。爆撃をしなくても無血状態で世界を手中におさめ、支配することができるのだ。

正気のはずの我々は言葉をかわせない。文字もだめならそぶりもだめだ。コミュニケ-ションすべてがだめだ。そのうち、言葉を口にしなくてもあやつられてしまうのかもしれないが、今できることといったら、暗示にならないように努めるだけだ。

テレビやラジオもやっていない。まったく情報がはいらない。不安ばかりが大きくなる。こんなことなら暗示にかかったほうが楽かもしれない。なにしろ、怖くて眠りたくないので、刺激の強いものばかりを口にしているので、胃がひりひりし、なんども嘔吐をしているのだ。それでも寝ることはぜったいにできない。しかし、もう限界だ。意志とは裏腹にまぶたがしだいに閉じていく……。

「いかがです? よく眠れたようですね」

目をあけると、白衣を着た男が立っていた。メガネの奥から、やさしげな瞳がのぞいている。

「ここはどこですか?」

「病院ですよ。あなたの不眠症を治すために、催眠療法をしていたのです」

そう、彼は主治医。やっと思い出した。

「すると、今までのことは夢だったんだ」

「たぶん、あなたの眠ることに対する不安が、イメ-ジ化されたのでしょう」

             (了)

素敵な画像は「†あらやん† 」さんの作品です。ありがとうございます。

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