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iNa_短編小説まとめ

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自分自身で書いたnoteの短編小説のまとめです。色々試しながら書いているので、文体とか内容とかトーンとかバラバラです。色々読んで見ていただけたら嬉しいです🐄🐄🐄
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self service

self service

 昨日は雨が降っていたような気がする。昨日だったような気もすれば一昨日だったような気もしてくる。それとも今日なのかもしれない。底の見えない深い沼のような濃い緑色の遮光カーテンに閉じられて外の様子はわからない。あのカーテンを開ければ済むことだけれどそのためだけに腰は持ち上がらない。検索してサッと調べればすぐにわかることなのに別にそこまで知りたいわけでもないから、天気予報とは別に今日は誰がどんなことを

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瞼に透ける

瞼に透ける

 両肩に勢いよく手がのっかってくる。左にすこし重さは振れてチャリが傾きそうになった。なんて考えれないぐらいに一瞬のことで、すぐに腰に衝撃が走ったかと思えばよろめきながらも車輪は前に進んだ。そんななんでもない瞬間が、なんでか忘れられない。あれだけくっさいと罵っていたのに潮の香りが気にならなくなったのは、毎日のことで鼻が馴染んだからだったか、後ろからなびいてくる髪の毛のせいだったか。

 ベランダに粗

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かげふみ

かげふみ

靴の入り口がへこんでいるのは、親とか教師とか女とかに何度も何度も指摘されても、いつの年になっても直せない癖だった。どんなに高い靴を買ったとしても、履く時に踏んづけてしまう。毎日履くたんびにそうするものだから、次第にへこんでいく。おまけに歩く時に踵を擦って歩くからなのか、靴底はすり減って、靴下はなぜかつま先ではなく踵に穴が空いた。

今年の冬はやけに晴れの日が多い。雨が降ってないのかどうか、正確

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閉じるボタンとタピオカレディ - such a person -

閉じるボタンとタピオカレディ - such a person -

一人目

こんな人がいた。
エレベーターに乗り込むなり、すぐさま閉じるボタンを押してくる人。目を合わせようとはせず、こちらの視線に気づくとわかりやすく嫌そうな顔をする女性だった。ちょっと、っと少し苛立ちを込めてもらすと謝罪ではなく「間違えた」と渇いた声でつぶやいた。
今回が初めてではなかった。彼女の閉じるボタンには今日だけでも三回挟まれそうになっている。意図的なのか無意識なクセによるものなの

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やまない雨

やまない雨

地下鉄のホームは温くて湿っぽかった。

なかなか開かない線路沿いの扉の前で立ち尽くしている人々は、なかなか開けない梅雨を待ち望んでいるかのように雨の雫がついた傘を手にぶらさげている。ある人は先端を地につけて飲み会帰りのような出で立ちで脂肪や塩分やアルコールの溜まった体重を支えていて、ある人は何かいいことでもあったのかウキウキしたカップルの手繋ぎみたいに傘を振って雨粒を飛び散らせている。

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eclipse

eclipse

 きっと意味のないところで鳥は鳴かない。
 そう教えてくれた人の想い出はぼんやりと、竹と樹々で陽の光を阻んで薄っすらとした公園の記憶と共にある。ただそれが幾つの時だったのかは思い出せやしないし、ましてやそんな公園があったのかすら疑わしいくらい、今ではアスファルトに靴を擦り減らし陽を遮るのは鉄筋コンクリートのビル群という大都会を歩く日々。鳥の声は聞こえるようで聞こえず、排気ガスの音が減ったとはいえ、

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枠内

枠内

 目の前にいたその女は画面とは別物だった。
 画面からそのまま飛び出た姿を何度となく思い浮かべて、特に昨日の夜はじっくりと食い入るように眺めて少し長めに慰めていただけに、期待と現実との溝は深すぎて思わずスマホの厚みを確認したけれどいつも通り薄っぺらくて軽い。
 液晶が薄かったからなのか、夜になると眩しいくらいの光源だからなのか。ほんのりと内側に赤らみがあるようでキメの細かい色白の肌に、頬のあたりが

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不浄

不浄

 ゆっくりと静かに開かれた扉からは女性が出てきた。このタイプの扉であれば多少は金属の擦れる音がしそうなものだが、木琴を綿糸のバチで優しく打つように小気味良く取っ手を捻った音しかしなかった。音を表したように軽やかでいて落ち着きのある若い女性で、彼女は爽やかな甘みのある、あれはなんという花だったか白く艶のある花びらが頭に浮かんでくるような香りと一緒に、すみませんと息を吐く程度に小さい声で狭い通路を私を

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下道と高速

下道と高速

「雪が降ったら火の元注意」という小学生が絵を描いたらしいポスターの横に「毎週あなたを待ってます。継続に裏切られるな。」と二行に言葉を積まれたスポーツクラブのビラが貼られている。歩いていても気づかれない場合もあるだろうに道路の隅に建てつけられ自然に風景と馴染んでいる雨風にさらされた白い立札には上原自治会掲示板と書かれており文字は所々が削れていた。このポスターやビラがいつ掲載されたもので、いつまでこ

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流れていかない

流れていかない

 指先一つで、想い出は消えました。
 桜の開花宣言が出され春がきたと言われましたが、曇り空に包まれた海辺では冷たい風がどこからか運ばれてきて、液晶パネルも霜みたいに冷たくて画面を触る私の指はかじかんで実は消すのに結構時間がかかりました。別に一瞬で終わる作業なのだから家で暖かい布団にくるまりながらでもいいのではとあなたは思うかもしれません。その通りでしょう、私ですらなんでこんな寒い思いをしながらスト

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規則の海

規則の海

 身体が温まると目の前にいるわたしが見えなかった。多分見えるはずの私は毛をむしられた鶏皮のような肌の色をしていて規則性なくむやみやたらに押された小さい黒子が並んでいる。赤い絵の具の筆を水につけた時くらいにほんのりと火照って水滴がいくつかついているであろう顔はきっとそそり勃たせるような艶かしさを孕んでいると私は思う。

 今日は一週間ほど前の春の陽気は何処へやらと天気予報を伝える勘所の悪そうなキャス

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ホワイトシチュー

ホワイトシチュー

 カレーが先に出てきた。飲み物よりも何よりも先に。スプーンより先に出てきたことには逆に気づかなかった。
 曇りの森の中のような静けさと薄暗い店内に音楽は流れていなかったが二人組の客の話し声が背後から聞こえてくる。後から差し出されたスプーンを片手にまじまじとカレーを見つめると想像していた色よりだいぶ薄かった。店内の暗さが視覚をおかしくしているのか、口にしてみると柔らかく口に馴染んでいくような甘さがあ

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折られた翼

折られた翼

 道端に靴下が落ちていた。
 昼間、車通りの多くない住宅街にポツンと置かれた小さな畑の小脇に片足分だけ落ちている。誰かが避けてくれたのかところどころくすんで黒ずんだ車道外側線の白の上に、まだそれほど使い込まれておらず汚れていない無地で白色の靴下。スポーツメーカーのロゴが入っており子供サイズではなく、大人用のサイズではあるが男女どちらのものか区別はできない。
 一昔前であれば男性のものであろうとすぐ

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CONTACT

CONTACT

 空は曖昧だ。
 晴れた日はどこまでも青で、視覚で捉えることのできるくっきりとしたオブジェクトが存在しない。白い雲は確立された固体ではなく、纏まり、そして離れて貌を形成していく。陽の一筋の光に目がやられて、光は複数に伸びたように見え、あたりのものが白くぼやけていく。
 曇りや雨の日は、雲の纏まりが各所でグラデーションを施し、濃度を高めて一面を覆う。常に移動している纏まりには明確な一つ一つがあるわけ

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