ゆるゆるお父さん遠足190518準備編

果たして夫は突然「パパ」になるのか

エビデンスを求めて三千里、着太郎 (@192study) です。

随分前になってしまいましたが、野沢 謙介⚡️子育てコーチング (@thundergirl6063) さんによる以下のツイートが元ツイートだけで500件を超えるリプライが付き、引用リツイートも含め非常に多くの批判的な内容がツイートされました。

「子育てコーチング」という指導的な雰囲気の肩書き(その後「ふりかえりコーチ」「セールスマーケター」「共働き推進」「共働き子育てライフハッカー」など色々変わっている模様)で「初産のプレママ」へ呼びかけるものとしては、個人的にも前提に深刻な問題があるように思われました。

しかし行き過ぎたルサンチマンや感情的な批判は目を覆いたくなるようなものも少なくなく、それらからは距離を置きつつ、生産的な観点で父親の自覚と育児参加について育児関連の論文などエビデンスを交えながら問題点を整理してみました。

父親と母親に差はあるのか

まず、「身体で我が子を感じている女性と、視覚だけの夫では、やっぱり感じ方が違う」という点について考えてみます。

妻の悪阻(つわり)の様子を聞いたり、膨らんできたお腹を触ったり、周りから父親になることに言及されたりと視覚以外の要素も実際多くありますが、佐々木・高橋 (2007)小野寺ら (1998)藤原 (1997)新道・和田 (1996) の研究を総括して以下のように述べている¹⁾ ように、自身の身体に生命を宿している女性とそうでない男性を比較した場合、対象(赤子)に対して自然に意識を向ける時間やその情報量には圧倒的に差があり、それは親になる実感を得る機会の差につながるものと考えられます。

男性は,女性が出産前から身体の変化胎児との相互作用を通して母親となる準備や児への愛着を形成し,さらに出産や育児を通して母親としての能力を高めていくのに比べて親になる実感は遅く,生まれた子どもとの相互作用を通して父親としての自覚を深めていく.

正直な所、死ぬ思いで痛みや苦しみ、不安に耐えて出産した経験を、隣で立っていた(あるいは立ち会いをせずにどこかで待っていた)だけの父親に簡単に同列化されては母親としても納得はいかないのではないでしょうか。(逆に言えばそれはマターナルゲートキーピングにもつながる難しい問題でもあります。)

ホルモンの変動グラフ 図4) や妊娠前と出産直前の内臓の比較図を見てもその変動の大きさは凄まじく、出産という壮絶な体験は目立った強制的な身体的変化を伴わない父親との明らかな差をまざまざと感じさせます。

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男性が父親としての自覚の獲得が遅れやすいことを放置して良い理由にはなりませんが、客観的な事実として父親が実感や自覚が遅れやすい状況であることは学術的な研究においても枚挙にいとまがなく、その後の論理展開はともかく、この指摘自体は妥当であると思われます。

文脈によっては言いたくなる気持ちも確かに分かりますが、「妊娠してるの見てるんだから、対等でしょ?」という意見がもし本当にあるのであれば、それは父親となる男性の置かれた立場を正しく認識することを妨げる捉え方であると同時に、女性の妊娠出産体験の価値を相対的に下げることにも通じる不適切な理解と言えるかも知れません。

日本社会の男女意識

また、元ツイートでは社会意識について触れられていませんが、日本では「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という性別役割分業の考えが根深く浸透しており、内閣府の2016年の調査 図14) で未だ半数以上がこの考えに賛成しています。

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1979年の調査で7割を超えていたことに比べると随分変化がありますが、「母性神話」という言葉に象徴されるように女性に対する子育てという役割の社会的な期待は女性自身も含めて未だに大きいものがあり、それらを無視するのは難しいものがあります。

驚くべきことに、20代の女性に至っては賛成派が近年増加傾向にすらあるようです。

身体変化の有無や女性を含めた日本の社会意識を考えると、これから生まれてくる命に対して直接的に意識を向ける機会が、女性には身体的にも社会的にも強制性があるのに対して、男性は相当に能動的にならないとその機会がかなり得られにくい、ということが分かるかと思います。

夫は突然「パパ」になるか

では、果たして「夫は突然「パパ」に」なるのでしょうか。

確かに、小野寺ら (1998) ²⁾ や、前山・中村 (2017) の質的研究 ³⁾ で以下に記されているように、妊娠時や出産直後の父親はその実感が希薄である可能性が伺えます。

妻に比べ日常生活での制約感は弱く、親になる実感も妻よりも少し低い傾向がみられた。
親になる実感や親になる心の準備という点では,夫は妻よりも低い意識であり,親になる実感は妻よりも低いまま親になっていくという小野寺ら(1998)の研究を支持する結果となった。
出産後,静かな病室や廊下で子どもとふたりきりになったときに初めて,父親は子どもが生まれたことに感動をしたが,この時点で「父親の実感はまだない」と全員が答えており,これは,妻の妊娠・出産を機に父親になった実感を高く持つという田辺(2005)の研究結果と異なった。

しかし、アメリカを中心に先行研究がみられる「父親になる男性の意識」について、「悪阻に苦しむ妻に何もしてやれないという無力感」に苛まれる夫に言及した Robinson ら (1986) や、クバード症候群 couvade syndrome と呼ばれる「夫の中に妻と同じような悪阻の症状を示す男性」がいることを明らかにした Clinton (1986)Strickland (1987) の研究があるように、妻の妊娠期間中の夫にも少なからず心理的変化が存在していることが分かります。

クバード症候群については実は日本においても「男のつわり」を表す言葉が全国各地にあり、宮城県や福島県で「アイクセ」、福島県で「トモクセ」、岩手県沿岸地方で「男のクセヤミ」、岩手県岩手郡で「クセヤマイ」、長野県下伊那郡地方で「悪疽の共病み」、奈良県高市郡地方で「アイボノツワリ」、 大分県姫島で「オトジケ」と実に様々な場所と言葉で呼ばれており、妊娠期間中の夫が単なる傍観者に過ぎないわけではないことの証左と言えるかもしれません。(民俗学の知見として池田光穂の「擬娩/偽娩」が一読の価値があります。)

また、前述の小野寺ら (1998) の研究 ²⁾ では、妊娠後期の時点での「はじめて親になる意識の夫婦比較」で夫は「妻よりも一家を支えていこうとする意識が強く、また自分はよい親になれるという自信が強いことが示唆」されており、一般論として父親は親として家族を支える前向きな意識を持っていることが伺えます。

そして「父親になる意識と親和性/自立性との関連」で以下のことが見いだされています。

子どもを温かく見守り、育てていこうとする親和性と社会の中で独立してやっていこうとする自律性の両側面が高い男性は、親になることに肯定的であり父性意識が妻の妊娠期にかなり確立されている

このように Grossmann ら (1988) が親意識をその人格的要因との関連性から考察した親和性と自律性の両面を持つ夫は、妊娠期より既に父親としての意識を確立しており、このことから本来的には突然パパになる訳ではないことが分かります。

親の自覚に1年がかかるか

また、「1年近くかけてママになっていく」「自覚が出るまで同じく1年くらいかかるのです」と親の自覚に1年がかかることが前提で語られていますが、一般的に信じられていることが多いこの時間感覚は果たして妥当でしょうか。

「1年近く」というのはいわゆる妊娠してから出産するまでの10ヶ月間のことを指しているものと思いますが、1年という安易な長さのモラトリアム(猶予期間)を男性の立場から要求したり啓蒙したりするのは根拠に乏しいように思います。

前述の通り親和性と自律性の両面を持つ男性は妊娠期より既に父親としての意識が確立していることが見出されていますし、八木下ら (2006) の縦断的研究 ⁴⁾ でも生後半年時点として以下のように述べられており、父親の自覚を待つのに1年近くという期間を無意味に設定することに妥当性はなさそうです。

生後半年の時点においては、家族の生活にリズムがはじめ馴染んできたことにより、父親は実感を備え、また客観的視点をもって自らの父親役割について捉えられるようになる

妻が夫を育てるべきか

では、父親としての自覚が遅れがちな男性を「猶予などない」と安易に叱責すれば良いのでしょうか。4ツイート目に「「父親なんだから、しっかりしろよ!」といったところで、自覚が急に芽生えるわけでもない」とありますが、ただ無闇に父親を責め立てるだけでは事態が改善しないのは間違いありません。

NPO法人新座子育てネットワークの坂本純子代表理事が2010年の札幌で開催された「お父さん応援フォーラム」で以下のように述べているとおり、20年前の国の施策も残念ながらただ父親を追い詰めるだけのものだったようです。

日本の父親支援の取組は、1999年の新エンゼルプランの時に、「育児をしない男を、父とは呼ばない」「育児なしの父」といったフレーズを厚生労働省が流したのが始まりと思いますが、当時はこのフレーズにもあるように、義務と責任でお父さんを追い詰めているようなイメージがあり、かつて、母親に対して、「お母さんなのだから子どもを愛して当たり前」「子育てができて当たり前」などといったことと同じような方向性で、父親を追い込むキャンペーンが始まったのではないかと私どもは心配しました。

父性意識が妻の妊娠期にそれなりに確立されているのは、前述の通り人格的要因としての親和性と自律性の両方が高い男性に限られます。それ故に誰彼構わず叱責すれば事態が改善するかというとかなり難しいことであるのは明らかです。

とはいえ、それは「突然パパになる」、すなわち親の実感を持てるまで何もせずに待つことを容認するものではなく、あまつさえ「1年くらいかけて」「上手に育てる」ことを初産婦の女性だけに推奨する理由にはなりません。

パートナーと敵対しても、良いことなんて1つもない」のは間違いありません。しかし、身体的にも精神的にも負担の大きい女性に「余裕ないのになんで夫も一緒に育てないといけないんだ」と不満に思うことを一方的に抑圧させ、その余裕のない中で「上手にコミュニケーションすること」を片方だけに強いることは、夫が父親としての自覚を持つための機会を得ることを阻害し、性別役割分業の考えを固定化させ、妻側も夫に産後の恨みを抱き安くしてしまう原因となる完全な悪手と言えるでしょう。

どうすれば父親の自覚を持てるのか

それでは産前の女性はどのように対応すればよいのでしょうか。

例えば谷野ら (2007) の調査 ⁵⁾ によれば、育児指導の産前教育を受講した父親は産後教育の効果が見られたが、産前教育を受講しなかった父親は産後教育の効果が見られなかったといい、以下のように結論づけています。

父親の育児参加を高めるためには,産後の育児指導を受講するだけでは効果が不十分であり,産前からの継続的な受講が有効であることが示唆された。

このことから、父親の自覚を持とうとするには産後からでは遅いことが伺え、妊娠早期からの働きかけが重要な可能性があります。

また、森下・岩立 (2004) の家族システム論的視点からの考察 ⁶⁾ によれば、親になることによる発達は直接的な育児関与よりも間接的な育児関与によって促進される傾向があるとしています。

世話などの直接的な関与よりも、子どもへの関心に基づく間接的な関与を通して、家族への愛情が深まったり、自己への責任感が増したり、自己意識や視野が広がったりすることが示された。
親になることによる発達は、直接的な育児関与よりも、子育てについて身近な人に話したり、情報を得たりする等の間接的な育児関与によって促進される傾向があり、父親自身の発達には、子どもや子育てに関心をもつこと、関心に基づき行為することが重要であることが示唆された。

前述の谷野ら (2007) の産前教育の重要性の指摘と合わせて、家事育児などの直接的行動も必要ですが、特に親の自覚を持つための準備段階においては、情報収集や身近な人との話をすることで如何に関心を持つかが大変重要である可能性が伺えます。

加えて、里帰り出産について、久保ら (2012) ⁷⁾ によると過去の研究において「妻の実家依存傾向が強く,夫婦関係の確立ができにくいこと,父親としての役割の獲得が難しいこと」が報告されており、彼女らの研究によれば「里帰り群の方が「子どもが邪魔である」,「子どもがわずらわしい」など,子どもに対する負の感情をもっており,夫婦関係が不安定であった」と結論づけられています。この傾向は、意外なことに出産直後より1年後2年後の方が開きが大きくなるようです。

つまり、出産前後に妻に対する精神的日常的サポートを義実家に任せてしまうと将来にわたって夫婦間の関係性は悪化する傾向にあり、その後の育児生活を鑑みても妊娠期からの係わりが大変重要なことが分かります。
必ずしも里帰り出産が無条件に悪い訳ではありませんが、その傾向から読み取れることはよくよく鑑みる必要がありそうです。

終わりに

父親像というのは時代の影響を強く受けやすく、日本に限らず現代の父親の立場は過渡期にあります。今回引用した論文には20年前のものもあり、必ずしも現在にそのまま適用できるとは限りません。

父親の自覚についていくつかの視点で見てきましたが、現代的な父親のロールモデルが確立されていない中で、男性の育児参加とそれに対する社会的な理解を広げるためには、育児参加は早ければ早いほうが良いということと、単純な根性論ではないということについて、根拠を正しく知る必要があるのではないかと思います。

何万年と繰り返されてきた育児について、現代にマッチした場渡り的でない父親の係わり方の形を見いだしていけたらなと思います。

謝辞

この記事を公開する前に、何名かのお父さん方に読んで頂き、感想やご意見を頂戴することでブラッシュアップできました。この場を借りて改めてお礼申し上げます。

参照文献

1) 佐々木裕子, 高橋真理 (2007). 父親からみた第一子出生前後における夫婦関係の評価—家族イメージ法による分析を中心に—. 家族看護学研究, 第13巻, 第1号, 53-59頁

図4) 牧野田知 , 富澤英樹 , 神崎秀陽 (2002). 12.産褥異常の管理と治療. 日産婦誌:日本産科婦人科学会雑誌, 54巻, 7号, N-205

図14) 内閣府 (2016). 2.家庭生活等に関する意識について. 男女共同参画社会に関する世論調査. 

2) 小野寺敦子, 青木紀久代, 小山真弓 (1998). 父親になる意識の形成過程. 発達心理学研究, 第9巻, 第2号, 121-130頁

3) 前山莉枝子, 中村真理 (2017). 第一子誕生前と誕生後における父親の心理的変化. 東京成徳大学臨床心理学研究, 17号, 88-96頁

4) 八木下(川田) 暁子ら (2006). 子どもの誕生前後における父親意識・役割行動の発達的変化 : 縦断的研究からみる親子関係. 日本教育心理学会総会発表論文集, 第48回, PF024, 490頁

5) 谷野ら (2007). 父親に対する育児指導が母子退院1ヵ月後の父親の育児参加に与える影響. 母性衛生, 48巻, 第1号, 90-96頁

6) 森下 葉子, 岩立 京子 (2004). 父親の発達に影響を与える要因に関する研究 : 家族システム論的視点からの考察. 日本教育心理学会総会発表論文集, 第46回, PF003, 596頁

7) 久保 恭子, 岸田 泰子, 及川 裕子, 田村 毅 (2012). 出産前後の里帰りが父子関係,父性,夫婦関係に与える影響と支援方法. 小児保健研究, 第71巻, 第3号, 393-398頁

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