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【映画一日これ一本】 第3回ガリーボーイは地元を恨まない

人生は短いのに年1000本以上公開され続ける映画。毎日新しく1本見ても生きてるうちに見終わらないのでは?と気付いたので『同じ映画は二度と見ない』というルールのもとあらゆる手段で実行していくことに。この連載では映画を見て考えてみたこととその日あたりに思っていたことについて気ままに書いていきます。

こちらはあるいるnoteの共同マガジン「エンターテイメント研究会」にて連載しています。連載単体のマガジンはこちら

プレデターズ

映一3-1

個人的に生きている中で最も怖いなと感じるのは、不可逆なことと直面した時である。人の死は最たるものだが、もう二度と戻らないんだなと実感できる時が最も怖い瞬間であり、悲しくもある。もう二度と戻らない、やり直しが効かない状況になってしまったら?世の中にはよくある。虫歯になってしまったり、目が悪くなってしまったり。元に戻す技術はなくは無いが、完全に元どおり、というわけでもない。青春時代も3年間しかない、学生には戻れるがあの年齢には戻れない。過ごした日々も帰ってこない。世の中は不可逆なことだらけである。

もし自分が直面したらどうするのか?おそらく最善の対処をした後、その環境でなんとか生きようとすると思う。なくしてしまったのならしょうがないから、今を全力で生きることを選ぶだろう。これは人によって違うと思う。なんとかこれまでを取り返そうと奮闘したり、現状に絶望してやさぐれる(時には命を絶ってしまう)こともあるかもしれない。自分は割と根明だからなのか、状況が変わったらその状況に適応するというミッションを遂行している気分になるのでそこまで深刻に考えたりはしない。

地球温暖化や異常気象が問題視されているが、すべては人間から見た視点なんだなと思う。「(人間が)住みにくい環境」という主語を飛ばして語られることで、とても重要なことを言っているように聞こえるがそもそも地球は人間に最適化されたものでもない。人間が地球環境に最適化できるように努力しつつたまたま人間が生きるのにちょうど良い環境だっただけの話とも言える。そうであった時期もあれば、そうでなくなる時期もあるだろう。コントロールできないから「自然」であり、もし操れたらそれは「不自然」になる。自然がなくなってしまうのはそれはそれでつまらないことだなと個人的には思う。

この映画は捕食者にも捕食者(プレデター)がいたとしたら?というもしもが起点であり、数々のもしもが重なってくる。結局人間は適応していくしかないが、忘れてしまいたくないこともたくさんあると実感。人生も普通にサバイバルだなと思った一本。

翔んで埼玉

映一3-2

埼玉については正直あまり考えたことがない。もちろん耳にはするけど足を運んだことも無いかもしれない。目に見えないものに興味は湧かないように、特に好きでも嫌いでもなく、人生の大半は忘れている。

ここ広島は中国地方の中心という自負があるからか、隣県と比べることはあまり無いかもしれない。大学時代も島根、鳥取、山口から進学してきた人も多くいた。大体不自由なく何でもあるように思っている。しかしながら、ここには何も無いなとも感じている。

何も無いというよりは、何もなくなってしまった時があった。それは物理的にだけではなく、人間もいなくなってしまったのだ。建物が壊れてしまえば建て直せばいいし可能だが、人の命は不可逆である。そして最も重要なことは、人間がいなくなることで文化が途切れてしまうのだ。人間=文化、人々が何を思いどんな行動をするかによって文化が形成されるが、いなくなってしまえばその力は弱まってしまう。さらに「復興」というマイナスをゼロにする作業、つまりなにも生み出さないインフラ整備(もちろんインフラが整備されていなければ進めないのだが)に時間を割くことになる。インフラ整備には(必要とされているから)やりがいを感じてしまう一方、文化を創造していく段階はそこよりも遠いのでやるせない気持ちにもなる。

文化は長い時間かけて積み重なった上に存在している。語り継がれたり、歌い継がれたり、上演されたり、長ければ長いほどいろんな人が考え伝承され洗練されていく。伝統とはそうやって作られていくので、壊れていない土地(京都など)は音楽カルチャーも根深くあるのかもしれないと考えたりもする。

少年時代から地元よりは東京に憧れ、東京のテレビを見て育ち、ミュージシャンは上京してから成功する。どこの県も当たり前かもしれないが、そうせざる負えない感覚もあった。ここにいても何にもなれる気がしないのだ。むしろ何にもなれない自分を場所のせいにするために居続ける言い訳として使うこともできると今になって思う。

言い訳は簡単だし実は住んでいるだけで愛着が湧くので誇りを持つことも簡単だったり。周りばかり見ていたら無い物ねだりになりがちなので、自分の中の物差しでこれからも測っていきたいなと思った一本。

ガリーボーイ

映一3-3

地方にいると、今いる環境に不満を抱えている人が多いなと感じる。好きなアイドルが出ている番組が放送されていなかったり、ライブツアーで地元公演がなかったりしたとき、いちいち文句を言う。自分は割と仕方ないことは仕方ないと思ってしまう人間なので、そういう感情はあまり出てこない。

たしかに小学生だとそう言った環境から抜け出せないのは仕方なくも思う。未成年の場合は親の管理下に置かれることも少なく無いだろう。だが本当にそうだろうか?本気でそう思うならバイトをしたり、就職先や進学先を関東近郊に選んだりいくらでも方法はあるはずだ。学生だから、実家の近くにいないと、ずっと住んでるから、もしそういった理由でいろんなことを諦めているのであえれば、それはその程度のことなんだと思う。その程度の気持ちならば、正直文句は言わないで欲しいなとおも思ってしまう。(きびしいけど)

人間本気を出すのは結構怖い。もし失敗したらみっともない、負けたら恥ずかしい、100%勝てると解ってないのに戦争なんて始めない。どこか自信がないと、今いる環境に甘んじてしまう、できないのは環境のせいだと言って誤魔化していることが大半である。

もちろんどうしようもない環境に置かれている人も絶対にたくさん居る。けどそこまでのレベルの人はなかなかいないのではとも思う。誰かを責めながら生きることで自分を正当化しても、どこかで綻びが出てしまうと思う。嘘は最後に必ずひっくり返されるし、バレるから嘘なのだ。正直に生きることも信じることも怖いが、そうしなければ何も始まらない。

などと自分自身にも説教臭くなってしまうくらい納得の連続、綺麗事かもしれないが綺麗事が本心の人だっているわけで、全ての人の本心が卑しいと思わないでほしいなとも思った一本。

バットマン(1989)

映一3-4

魚座は少しというか、かなり特別だと感じる。基本的に悟りを開き世の中を達観している人が多く、趣味は現実逃避で物語にどっぷりとつかり帰ってこれない人という印象が強い。漫画や映画や音楽などのカルチャーに詳しく、自身も感覚派であり大体何でもできるし独学で楽器演奏をマスターするタイプでもある。

さらに芸術活動に強く、達観しつつ元来根暗のため人を喰ったような表現をして虜にする場合もある。桜井和寿、桑田佳祐、甲本ヒロト、佐野元春、細美武士、米津玄師、菅田将暉、ジャスティン・ビーバー、カート・コバーンなどなど。歌声はもはや泣き叫び声でもあり、どこか悲しげがあり脆く壊れそうでもあるため守ってあげたくなる存在とも言える。

無口であり何を考えてるのかわからない人でもあるが、その実は「心の声が多い系」で脳内会議が多くこなわれている少女漫画の主人公タイプでもある。多くを語らない人は随所を妄想で塗り固められるため、知らぬ間に理想化され神格化、気付けば偶像崇拝の対象にもなりうるのだ。簡単に言うと「思わせぶりな人はモテる」と言うことである。

多くの情報が開示されている場合は事実として受け取る他ならず、自分の好き勝手に想像はしにくくなるので誰かの理想にはなりにくい。また口数少ない人がたまに発言すること自体にものすごく価値が発生し、どこか特別なように思わされる。またそう言った時にも人を喰ったような発言をするから無限ループ的に信者が発生するのだ。

ネガティブアピールをしている人の大半は、暗い人に憧れている節がある。そんな偽物たちをぶっちぎりで置いていくくらい本当に暗いのが魚座。以前魚座の知り合いミュージシャンが「朝起きた時が一番死にたいと感じる」とMCで語っていた。自分は生まれたから全くそう思ったことがなく、むしろ朝起きた時点が一番やる気がある。嘘なくそう言ってしまえる(言わざるを得ない)人の気持ちは全くわからないし、分かってはいけないのだなと思った話でもあるが、そう言った本当の闇のようなものを抱えている人の発想にはどこか(綺麗事ではない)真実を含んでいるので惹かれてしまうのだとも思った。

先ほど無口だと述べたが、大体何でもできる感覚派なので話していい場面(話さなくてはいけない場面)では口から出任せをペラペラと話すことができる。本来心の声が多い系であり頭の回転が早く空気も読め嘘もつける上冗談ばかり言ってお茶を濁すことも得意なのでラジオでもなかなかの実力を発揮する。(日向坂46渡邊美穂、オテンキのりなどが顕著)

芸人で最もそれらしいのは野性爆弾のくっきー!のように思う。発想がぶっ飛んでいる、というのは妄想っぽい魚座にとっては無理難題ではなく当たり前のことであり、個人的には「彼岸」の人としてこちら側の理解を超越した対岸の存在だと強く意識している。対して「此岸」は現実を派生してしか考えることができないタイプであり、山ちゃんや大吾、澤部はそう言える。

ドリームマッチのネタで大吾・澤部ペアがそれぞれのコンビの足し算のようなネタを披露したのに対し、くっきー!・若林ペアがクッキー主導の世界観に若林がなんとかついていくというネタをやっていたことでもよくわかると思う。(余談だが岩井・直美のネタは妄想っぽいが、実はフォーマットに準拠しており現実から派生した「想像」と言えるので此岸の発想と言える。)

なんだかんだ言ってなんか理解できないけどカリスマ性があり、現実離れした大暴れをする壊れそうで何だか守ってあげたい迷惑な人、それが魚座でありジョーカーなんだな〜と思った一本。

いまのことコラム

相変わらず「THE突破ファイル」が面白い。ジャンルに分かれた再現ドラマがシリーズ化されているので、登場人物がある程度レギュラー化されコントのようなゆるさもあるためシリアスになりすぎず、それでいて話の筋は事実に基づいているので勉強にもなる。話の筋に関係のなさそうなところで一人ひとりのキャラクターに情報がどんどん付加されていくのでまるで漫画雑誌のように続きが気になり定期的に見たくなるものに仕上がっている。

またクイズ番組の要素も基本としてあるため、全年齢に向けたゴールデンタイムの番組としては最適解のように思う。ショートコントドラマ+クイズという仕組みでもあり、スタジオ回答も最近ではボケることの許される数少ない番組だとも思える。

また第七世代だけではなく年齢を生かし上司役を中堅芸人に任せるなど、幅広く芸人の需要を満たせているのも面白い。そういった一昔前名を馳せた人物が登場することによって、新しい世代を知らない人の目を引くことができるのも面白い。まさに今絶妙なバランスで存在していると思う。

ネタをするだけではなく、「有吉の壁」もそうだがお笑いを科学する(追求する)ことがこれからの芸人には必要なのかもしれない。再現ドラマに出演することで演技力を、回答者になれば大喜利力や思考力を磨く場所になっているのかもしれない。

ドラマ、コント、キャラクター、シリーズ物、クイズ、第七世代、第六世代、内村光良とサンドウィッチマン、芸人成長物語までも含まれている「THE突破ファイル」、これからも日向坂46をよろしくお願いいたします。(つづく)

<本日のおすすめ>
「THE突破ファイル」
日本テレビ系|毎週木曜 19:00〜19:56
見逃し:Tver / Hulu

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