【連載小説⑪‐3】 春に成る/サンドイッチ
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サンドイッチ(3)
プルと、鳴った辺りで、音が消えた。
「ハル!」
「流果、ごめんね、心配かけて。珈琲、ありがとう」
「ううん、何か……したくて」
「今夜、時間作れる? 流果と敬に話したい事があるんだけど」
「うん、僕は良いけど……敬は、難しいと思う。夜、店にはいるみたいだけど、何回声掛けても反応ないし……」
「敬にも、毎日声掛けてくれてたんだね。本当にありがとう、お店にいるなら、大丈夫。『ベル』で待ち合わせしよう」
真っ暗な階段の先、ここから先は通さないと言わんばかりにそびえ立つ、大きな扉。鍵穴に鍵を刺して、無理矢理こじ開ける。
久々に開けると、ムワッとお酒の香りが迎えた。電気は点いていて、カウンターには、いくつかお酒の瓶が無造作に置かれていた。換気をする為、扉を開けたまま敬を探す。
「敬!」
レジ側のキッチンに繋がる扉の前で、グラスと瓶を持ったまま項垂れる敬を見つけた。
「敬、大丈夫?」
声に反応して、顔を上げて目を細めながら私を視界に入れようとするが、多分しっかりと見えていないのだろう。
「ハル……?」
「ちょ……どんだけ飲んでたの? お水、持ってくるから、キッチンの中、入れて?」
「いい。もう……どうでもいい。店、続けたって、もう意味ねぇ……ずっと、早くいろんな意味で安心できる店作って、親父招待して、また酒飲んでもらおうって、他のことはいいって、全部後回しにしてやってきたけど……もう間に合わない。親父、癌で……もって半年だって」
「敬……」
視界が遮られ、お酒の香りが強くなる。グラスを置いた敬の手は、私の頭を掴んで引き寄せていた。敬の肩に埋まった頭は、押さえられて動けない。
「……見んな」
震えた声が濡れる。いつも気丈な敬の見たことない姿に、マスターがもうすぐいなくなってしまうことが、現実味を帯びる。敬の手は、そんな姿を見ないように押さえつけてるだけではないのが痛い程分かって、どうしようもなく何かしたくて、背中に手を当てた。
「敬」
呼んだ名前が、揺らいだ。
敬はずっと、やりたいことに向かって真っ直ぐ進んで来たけど、その為にきっと、いろんなことを我慢して来た。自分を抑える苦しさを一番知っていたのは、敬なのかもしれない。どうすることもできないけど、少しでも和らいで欲しいと思う気持ちと、敬とリンクしたようにマスターを想う気持ちが交じって、敬の肩を濡らした。
背中が温かい。敬の大きい手が、当てられている。どこまでも優しい。そんな敬が一番したかったこと、できてないなんて、嫌だ。
「敬、まだ、間に合うよ。マスター、招待しよう。出すお酒も、マスターの体や好みに合わせたのを、流果と三人で考えよう……本当は、取引が終わっても、敬と流果と三人でいたいけど……その後、もし敬がお店やらないって決めても、私、待ってるから。いつでも再開できるように、昼の『ベル』をやりながら、マスターの、敬の、流果や私にとっても大切な『ベル』守るって決めたの。もう、会社も辞めて、今日マスターに了解も取った」
「はぁ? お前何言っ……」
私の肩を持ち、勢い良く体を離して話そうとして、お酒が回ったのか、眉間に皺を寄せて止まったが、続ける。
「あのな、安定した職辞めてまで、何考えてんだよ」
「でもね、これがやっと見つけた、やりたい事なの。もう、決めたの」
「……流果は知ってんのか?」
「あ、本当は今日ここで一緒に……」
「聞いてたよ、ずっとココでね」
振り返ると、白い紙袋を持った流果が、いつの間にか扉のところに立っていた。
「流果! いつからいたの?」
「ん〜、二人が、抱き合い始めた辺り?」
「おい、変な言い方、するな」
抱き……? 本当だ! え、ちょっと待って。どんな気持ちで……。
「こんなにベロベロの姿、初めて見たよ。どんだけ飲んだの」
流果は敬をゆっくりと立たせて支えた。
「ハル、敬を家に送ってから戻るから、少し片付けといてもらえたら嬉しい」
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※「サンドイッチ」は絵が3枚あります。
※見出し画像は、わたなべ - 渡辺 健一郎 // VOICE PHOTOGRAPH OFFICE様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。
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