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心がにじむ|#8

夢を、見ていた。

それは、ひだまりのように優しく、暖かい夢だった。


ふと、時計に目をやると、時計の針は13時を示している。
少しまどろんでいただけのようだ。

慌てて起き上がり、支度をする。
今日は、バスで出会った少女と、美術館の展示を見に行く約束をしていた。


待ち合わせ場所の美術館の前に到着すると、わたしの姿に気がついた彼女が手を振った。
それに応え、わたしも手を振り返す。


「お待たせしてごめんなさい」と言うと、「いま来たところです!」とにこやかに答えてくれる。

有名な画家による展示は、数日前から気になっていたもの。偶然彼女のSNSのつぶやきで興味を持っていることを知り、恐る恐る誘ってみると、快く承諾してくれた。


また、二人で出かけることができて嬉しい。彼女もわたしと同じように、ウキウキとした様子だ。

受付で、チケットを購入する。チケットのもぎりをおこなっているお姉さんは、おひさまのように暖かな笑顔でわたしを見送ってくれた。


静まり返る美術館の展示を、一つ一つ味わうように観ていく。展示をおこなっている画家の絵は、丁寧で、繊細に描かれている。絵画を通じて、物語が流れ込んでくるようだった。

隣の彼女も、見惚れるように絵画を味わっている。ほんわりと光が差し込むような、そんなひとときが流れた。


ふと、入り口の方がにぎやかになる。今までの静寂が歓声に変わったのを感じ、彼女と共に声の元へ向かった。

どうやら、画家が在廊しているようだ。まさか、本人を見れるとは思わなかった。


画家は腰掛け、向かい合うように来館者が座っている。どうやら、ワンコインで今日の自分を描くという、画家恒例の企画をやっているようだった。


「せっかくだから、描いてもらいますか…?」と彼女が聞くので、微笑みながらうなずく。


人だかりができているので、しばらく待つ。たった数分なのに、その人の特徴を捉えて描く姿は、圧巻だった。

皆、出来上がった似顔絵を胸に抱きながら、幸せそうにその場を去っていく。単調な言葉では片付けたくなかったが、天国みたいな、そんな空間ができていた。


わたしたちもそれぞれ描いてもらう。絵のモデルなんて初めてで緊張してしまったが、当たり障りのない会話を振ってくれたので、緊張も徐々にほぐれていった。

「はい、できました!ありがとうございます!」

両手で似顔絵を渡してくれる画家。しっかりと特徴を捉えた絵に、思わず声が出る。隣の少女も、とても嬉しそうだ。


軽く手を振りながらわたしたちを見送る画家の姿に、ふと既視感を覚える。今日まどろみの中で見た、暖かな夢のようだった。


いつの間にか、心は澄んでいた。閉館時間を知らせるアナウンスが聞こえたので、出入り口に向かう。

絵だけではないお土産をもらえた、そんなような気がした。




※アイキャッチ画像に素敵なイラストをお借りしています。ありがとうございます。