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世界史日本史、近現代史の別

口は災いのもと、か?

国連事務総長に辞任要求「テロリズムを正当化している」イスラエルの国連大使が安保理での発言に猛反発
2023/10/25(水) 5:03配信 TBS NEWS DIG Powered by JNN
イスラエルは国連のグテーレス事務総長がイスラム組織「ハマス」のテロ攻撃に理解を示したなどとして、事務総長を辞任するよう求めました。


やはり、この問題は言葉の一つ一つに重要な意味があり、まして、世界を総括する「国連」事務総長に対する発言となると、看過できない意見だ、という批判声明は当然の事のように思われた。すなわち、どちら側に偏っても成敗が極めて難しいという国際問題である、ことを如実に物語っていた。

そうした問題を理解するために、古代より、ユーラシア西大陸に横たわる歴史の一かけらを検証してみたが、学校で習った教科書のようにはいかず、現実は複雑怪奇な物語りで進行しているようだ。

昨日まで、その西側歴史を探索していたが、それに対して日本の歴史は、どう動いていたのが比較した。勿論、西洋歴史の圧倒的長さには感嘆するしかないが。

世界の神話世界は、こうして語り継がれてきた

ホメーロス(古代ギリシャ語: Ὅμηρος、Homēros、拉: Homerus、英: Homer)
紀元前8世紀末のアオイドス(吟遊詩人)であったとされる人物を指す。ホメロスとも。西洋文学最初期の2つの作品、『イーリアス』と『オデュッセイア』の作者と考えられている。「ホメーロス」という語は「人質」、もしくは「付き従うことを義務付けられた者」を意味する。
古代人はホメーロスを「詩人」(ὁ Ποιητής、ho Poietếs)というシンプルな異名で呼んでいた。

今日でもなお、ホメーロスが実在したのかそれとも作り上げられた人物だったのか、また本当に2つの叙事詩の作者であったのかを断ずるのは難しい。

それでも、イオニアの多くの都市(キオス、スミルナ、コロポーンなど)がこのアオイドスの出身地の座を争っており、また伝承ではしばしばホメーロスは盲目であったとされ、人格的な個性が与えられている。

ヤマトタケル(景行天皇12年 - 景行天皇41年)は、記紀などに伝わる古代日本の皇族(王族)。『日本書紀』では主に「日本武尊(やまとたけるのみこと)」、『古事記』では主に「倭建命(やまとたけるのみこと)」と表記される。現在では、漢字表記の場合に一般には「日本武尊」の用字が通用される。

第12代景行天皇の皇子で、第14代仲哀天皇の父にあたる。熊襲征討・東国征討を行ったとされる日本古代史上の伝説的英雄である。

ヤマトタケル ヤタガラス 大国主
「古事記」(ここでは 古代文学・伝承文学研究の第一人者である三浦佑之氏に「古事記」解説したものを紹介)

古事記の魅力とは? 現存する日本最古の歴史書である「古事記」。
人間世界の起源を神話の中に語るこの古の物語がなぜ今、あらためて注目されているのでしょうか。
「古事記」というと昔の言葉で書かれた難しい書物という印象がありますが、そもそもいつの時代、誰が何のために作ったのでしょうか?

「古事記」は上・中・下の3巻で構成されています。上巻の最初に上表文(君主に奉る別添の書)の形で書かれた「序」によれば、奈良時代の和銅5年(西暦712年)、太安万侶(おおのやすまろ)という文官(現代の大臣級の人物)により完成したとされています。
作った経緯に関しては、7世紀後半に壬申の乱で天皇になった天武天皇が「国家統一のためには歴史は一つでなければならない」と考え、稗田阿礼(ひえだのあれ)という記憶力のいい側近に自分が正しいと思う歴史を語って聞かせた。それを本にしようと思っていたのだけど、できないまま天皇は亡くなる。それから30年ほどたって稗田阿礼も60歳近い年齢になったため、元明天皇という女性天皇が、稗田阿礼が亡くなる前にその歴史を書き残さねばならないということで、書物にするように太安万侶に命じたと。
歴史書としては「日本書紀」もありますね。「古事記」と「日本書紀」の違いは?

「古事記」は上巻が神話、中・下巻が天皇たちの話で構成されていて、全体が物語として語られています。それに対して「日本書紀」は養老4年(720年)に完成した歴史書で、全30巻。1・2巻に「古事記」の上巻とほぼ対応する神話がありますが、3巻目以降は天皇たちの歴史が延々と綴られています。何年何月に何があったと箇条書きのように書かれているので、物語性は少なく、硬い。また、「古事記」が和語(語り言葉)を生かした音仮名(万葉仮名)を含む漢文で書かれているのに対し、「日本書紀」は中国の歴史書に倣った純粋な漢文です。

国を治めるために必要なのは法律と歴史です。「この国は素晴らしい」という心を生み出すための歴史書として作られたのが「日本書紀」ですから、登場する者たちは皆、天皇に忠実です。それがよく表れているのはヤマトタケルノミコトというヒーローの物語。「日本書紀」では天皇のために地方の賊をバタバタとやっつけるが、最後は力尽きて死んでしまうという美談で、天皇と皇太子の理想的な親子関係が描かれています。ところが「古事記」では、父親が凶暴な息子を追い出すというところから始まって、最後まで全然理想的じゃない。修復できない親子関係が主題になっています。二つの書物では、登場人物の性格もかなり異なる部分が多いのです。
読み物としての面白さが「古事記」にはあるということですね。
ええ。「古事記」神話の3~4割を占めているのが出雲神話ですが、「日本書紀」の中にはそれがほとんど出てこない。出雲神話とは何かというと、日本を統一したオホクニヌシノカミ(※1)の一族が、天皇家の祖先神であるアマテラスオホミカミの一軍に国を奪い取られてしまう物語です。敗れていった者たち、死んだ者たちに共感を込めて語られている。712年と720年、ほぼ同時に成立したとされる二つの歴史書が全く違う視点で描かれているという問題についてはこれまで様々に議論されていて、諸説ありますが、僕は「古事記」の序文は後から付け足されたものだろうと考えています。
解明されていない謎が多いのも、古代文学の面白いところでもある。そして「古事記」のほうが読み物として圧倒的に支持を受けているというのは、やっぱり内容の面白さでしょうね。

「古事記」にはいくつもの話が登場しますね。

上巻はイザナキノミコトとイザナミノミコトという男女が大地と神を生んで世界を形作ると、高天(たかま)の原(はら)という天空世界に神々が繁栄し、地上には出雲の神々が繁栄する。やがて高天の原から降りてきたアマテラスの孫が地上をも支配することになり、それが初代の天皇に結びついていく……という長編の話になっています。しかし中巻と下巻は、天皇たちの物語が短編小説集のようにたくさんつながっているから、一部分だけを読んでも楽しめます。そして3巻全体が一つの長編物語として成り立っている。

現代にも通じる、物語の基本的なつくりのようですね。

その原型が古事記にあるといってもいいでしょう。一人の少年の成長物語とか、お姫様を手に入れる物語などは、今でもテレビドラマや映画の主題になっています。それは神話の頃からずっとあるパターンなんですよね。「古事記」には物語の基本的なエキスがいろんな形で入っているから、今でも楽しめるのだと思います。

敗者の論理

出雲神話も、ヤマトタケルの話も好きなんですけど、僕が一番面白いと思うのは敗れた者たちに対する思いなんですよ。
「古事記」には、書物が成立するずっと前から「語り」によって伝えられてきた古い物語が詰まっています。「語り」というのは死者を慰めていく鎮魂の要素が非常に強い。
平家物語などもそうですね。そういう意味では、今回のDVDには収録していませんが「古事記」の最後にあるマヨワという男の子の話が好きです。これは、天皇を殺した男が妃と息子を自分の物にし、あるときその息子に自分が父を殺したという事実を知られ仇討ちされるという物語です。
シェイクスピアの名作『ハムレット』と非常に似ている。息子は葛城(かづらぎ)ツブラノオホミという人物の屋敷で匿ってもらうんですが、最後は追っ手に囲まれ大臣と共に自害するんです。この話は「日本書紀」では、屋敷に火を放たれ皆死んだと語られているだけです。外から見た話を書けば当然、そうなりますよね。
ところが「古事記」では、誰も見ていないはずの屋敷の内側の様子を描いている。そういう「語り」の面白さが好きですね。
それは現実にあった話でもあるのですか?

もちろん完全な作り話ではなくて、事実をもとにして物語が作られています。実際に葛城氏の屋敷跡が発掘調査されたのですが、そこは焼けていて、炭化した柱が残っていた。時代的にも一致していて、焼き滅ぼされたのは間違いないだろうと。そういう史実としての面白さと、文学的な面白さとが「古事記」にはあるんです。

外国の神話や伝説と似通った話も多く見られますが、関係性はあるのでしょうか?

それは常に議論されることです。例えばDVD『古事記の世界』にも出てきますが、黄泉の国に下ったイザナミがイザナキに対して、「決して私の姿を見ないでくれ」と言うのに、イザナキが約束を破って見てしまうという話がありますね。それから、スサノヲノミコトが八俣大蛇(やまたのおろち)を退治する話。そういう話はギリシャ神話をはじめ他の民族でも古くからもっている物語です。

ユーラシア大陸全体に広がっていますから、少しずつ形を変えながら伝わった可能性はあるでしょう。しかし日本神話により強い影響があると考えられるのは、南太平洋ですね。稲羽(いなば)の素兎(しろうさぎ)や、海幸彦(うみさちびこ)と山幸彦(やまさちびこ)の話、それからイザナキとイザナミによる国生み神話などは、インドネシアやマレー半島辺りの南方の神話とよく似ています。神話だけが海を渡ってくるわけじゃありませんから、日本人の成り立ちという問題を含んでいる。
神話は読んで楽しむだけでなく、そういう歴史も考えてみるとすごく面白い。最近の遺伝子研究では日本人には様々な遺伝子が混じり合っていることがわかっているそうですが、神話もそのことを証明していると言えると思います。西や南から来たものが日本列島で混じり合い、様々な神話が生まれた。

八俣大蛇は「古事記」の中でも最も知られる物語の一つ

ユーラシア大陸では八俣大蛇と似通った物語が語り継がれている

その日本神話の世界を、実際に訪れて感じられるおすすめの場所はどこですか?

島根県松江市にある加賀(かが)の潜戸(くけど)です。海蝕洞穴なんですが、観光船で中を通り抜けることができます。

「古事記」には洞穴自体は出てきませんが、オホナムヂノカミ(※2)を助ける赤貝の女神が祀られています。ここは本当に、神話の世界そのまま。
出雲には有名な観光地がたくさんありますが、特に神秘的な雰囲気を感じることができる場所だと思います。新潟県糸魚川市のヒスイ峡も、ヌナカハヒメ(※3)という女神のゆかりの地として登場しますが、ここも不思議な感じを受けますね。この女神とヤチホコノカミ(※4)の求婚の場面は長編の歌で語られていて、内容がすごく新鮮で面白いんですよ。近代文学を勉強しようと思っていた僕が、古代文学に興味を持つことになったキッカケの歌でもあります。

それから、出雲や九州の高千穂、中国山地辺りの神楽を見て回るのも楽しいですよ。島根県の石見神楽の大蛇退治なんかはものすごく派手で、爆竹を鳴らしたり火を噴いたりしながら大蛇とスサノヲが戦う。夜神楽はだいたい徹夜で演じますが、観たい演目だけ観てもいいし、旅行会社が企画するツアーを利用してもいいと思います。

読者の方が「古事記」をより楽しむためには、どうすればよいでしょうか?

「古事記」は天皇の歴史が書いてあるという意味で、他の古典とは違うと思います。戦前は神話は国の歴史として教えていた。でも今大切なのは、政治的に読むのではなく、一つの物語として楽しむことです。「古事記」は神々すら笑いの対象にすることもある。太陽神であるアマテラスだって、自分は鏡として伊勢神宮に祀られていながら、鏡というものを知らなかった。天の岩戸で初めて目にして驚くんです。そういう物語を、純粋に楽しむのがいいんじゃないかと思います。

今も子ども向けの絵本として読まれている物語も多いですね。

そうですね。稲羽の素兎とか、海幸彦と山幸彦とか、「古事記」の中には子どもにもわかりやすい物語があります。実は2011年度から、そういった神話が小学校1・2年生の国語の教科書に戻ったんです。
僕自身は教える側への教育がまず必要だろうと思っていますが、「物語体験」というのは子どもたちにとって大切なことですね。
日常的な世界とは違う、もう一つの世界。そこにはある程度の教訓も入るかもしれないけど、別の世界を体験できる。その材料として「古事記」は面白いと思いますね。そして物語というのは、肉親が生の声で子どもに語って聞かせるというのがすごくいいと思います。上手じゃなくてもいいんです。本や映像で覚えた話を語って聞かせてもいい。そんなふうにして、「古事記」の物語の面白さを純粋に楽しむことが大切だと思います。 部分引用

出雲神楽 臨場感あふれる出雲神楽

天の岩戸から鏡を覗くアマテラス

※1 オオクニヌシノカミ=スサノヲの6代目の子孫。5つの名を持ち、物語によって語られる名が変わる。
※2 オホナムヂノカミ=※1と同一人物。
※3 ヌナカハヒメ=高志国(こしのくに)の女神。ヤチホコが求婚の歌を詠み、翌日の夜に妻となったという神話がある。
※4 ヤチホコノカミ=※1と同一人物。


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