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転生vol.8

休日の過ごし方が変わった。
バーテンダーという仕事に転職したので、活動時間帯が変わったことも起因してるだろう。
ただ、それだけではない。
やはり、気持ちの変化は大きい。
前は極力仕事に影響が出ないようにと、休日は大人しく静かに過ごすことが多かった。
今は、なんていうか出かけることが苦じゃなくなった。世間の目を気にしなくていいからなのか、何かにつけて祈子さんが僕を外に連れ出すせいで慣れてしまったのか、いずれにしても色んなことが楽になった。
外に出る機会が増えると面白いものを見つけることがある。

この間、デパートの前に人だかりができていた。
集まっている人々は、皆片手に携帯カメラを持って必死で何かに語りかけていた。
その中心に何があるのか気になって近寄ると、なるほどこれは、可愛い。犬が服を着せられてポーズを取っていた。つい、僕も写真を撮ってしまったのだけれど──そしてこれを後で祈子さんにみせようなんて考えていたりもしたのだけれど、ふと横を見ると飼い主のの方が面白かった。
犬が持て囃されるほどにご満悦な表情は自信に満ち溢れていき、触ろうとする者がいればSPさながら、機敏にその手を制す。このまま人が途絶えなければ、1日中門番のようにそこで胸を張っているんだろうなと思うと、その様は見てて飽きなかった。
自分が仕立てた愛犬が群衆に注目されている。
今や全世界の人々がSNS上でできる限り多くの承認を集めることに力を注いでいる時代だけれど、写真や呟きに“いいね“が集まる裏では、みんなこんな風に恍惚の表情で満足を得ているのだろうか。

前の僕だったらこんな場面に出くわしたら、ちょっと嫌な気持ちになったかもしれないな。
そんなことを思いながら、今はその光景を微笑ましく感じられることに感謝していた。
これは、意外だったけれど祈子さんもSNSで“いいね“を集めている1人だった。よく、BARのカウンターで携帯をいじっては急にふふっと笑ったりしながら、誰かからの承認に一喜一憂していた。
祈子さんは人との繋がりをとても大事にしている。
でもその反面、時折すごく寂しそうな仕草をして、まるで縁の切れ目に怯えるかのように、

「しんくんは、ここにいるわよね?」

なんて、切ないことを尋ねてくることがあった。
僕は決まって、もちろんですよと微笑む返すことにしているけれど、祈子さんがその返答に心底安心しているようには見えなかった。
どうしてあげれば、彼女の寂しさは癒えるのだろうか。そんなことをここ数ヶ月で何度考えたか。

祈子さんは僕に何でも話してくれるけど、何を求められているかだけは、全く分からなかった。

出会って3年。
僕たちは何も変わらなかった。


つづく

読んでくださるだけで嬉しいので何も求めておりません( ˘ᵕ˘ )