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短編小説:夜景の見えるレストランにて

 三回目のデートで何もなかったら、脈ナシだという。
 それは、三十路過ぎの男女でも同じことなのだろうか。それとも、三十路過ぎだからこそ、なのだろうか。
 数時間後に「三回目のデート」を控えた私は、小さくため息をついた。三回目で…、つまり今日で、私は腹を括らなければならないのか。
 どうすれば良いのだろう。どうするのが最適解なのだろう。
 理香子は、何を求めているのだろう。
 考えれば考えるほど、答えは明らかだ。
 理香子も、そして私も、いずれは家庭を持ちたいと考えている。今のところ「友人」という関係にとどまっている私たちだが、一歩踏み出すとなると、年齢的にもその先を見据えていくであろうことはわかっていた。
 私にも、きっと理香子にも、前に進みたい気持ちはあるのだ。

 理香子は、私の大学の同級生だ。
 もともと女子の少ない学科であるうえ、容姿端麗で優しい理香子は、常に私たちの憧れであった。また、理香子は非常に勉強熱心だった。必須科目だけでなく、教職の授業もとっていた。先生を目指していたらしい。
 少しでも彼女に近付きたくて、私はなる気もないのに教職の授業をとった。周囲には「教員はなり手が減っているから、教員免許を持っていればいざというとき助かるだろうと思って」と、もっともらしい言い訳をしたものだ。正直に「理香子と同じ授業を受けたい」だなんて、口が裂けても言えるはずがない。

 そして大学三年生のゴールデンウィーク前、私は身の程もわきまえず理香子に告白をした。わざわざゴールデンウィーク前を選んだのは、もしも成功すれば、ふたりでどこかに旅行に行けるかもしれない、なんてのんきなことを考えたからだ。しかし、現実は甘くなかった。
槇尾まきおくんは、そういう風には見られない」
 言葉を失う私に、彼女は「でも、友だちは続けようね」とあわてたように付け足していた。
 当然、私は予定の埋まらないゴールデンウィークを過ごすことになったのである。

 友だちは続けよう、と言われても、思い返してみれば、私と理香子は同じ授業が多いというだけで、特別親しいわけではなかった。友だちに戻る以前に、友だちですらなかったらしい。そういうことに気付くまでに時間がかかりすぎた。よくもまあ、大学三年生の春まで叶いっこない恋心をくすぶらせていたものだ。
 良くも悪くも、その年は教育実習やゼミでお互い忙しかったのもあり、私たちが接する機会は減っていった。
 その後、四年生になって友人から紹介されたふたつ下の女の子と交際を始めたため、私のなかで理香子の影はすっかり薄くなっていた。

 しかし、それから何年も経った数ヶ月前のこと。
 久しぶりに学科の同期で集まった際、私は理香子と再会した。あれから、私は大学で研究を続け、理香子は立派な高校の先生になっていた。相変わらず理香子は綺麗だった。
「飲み直さない?」
 信じられないことに、誘ってきたのは、理香子の方だった。
 私と理香子は、何かのドラマみたいに二次会を抜け、小ぢんまりとしたバーで飲みながら、いろいろな話をした。
 私の研究のこと。理香子の勤める学校のこと。友人のこと。親戚のこと。趣味のこと。彼女とはあんなに苦い思い出が残っているのに、そんなことはなかったかのように話し続けた。話題が尽きることなくあった。
 そんななかで理香子は、結婚願望はあるが、相手がいない、という意味のことをつぶやいていたのを覚えている。

 それから二回、私と理香子は会った。いつの間にか理香子は私のことを「槇尾くん」ではなく「雄大ゆうだいくん」と呼んでいた。私も彼女を「理香子」と呼んだ。二十歳前後の学生であれば、それが何を意味するのか察しただろうが、三十路過ぎではどうなのか、よくわからない。

「これ、三回目ですけど、どうします?」
 そんな風にあっけらかんと尋ねてきた、ふたつ年下の恋人のことを思い出す。別れてずいぶん経つが、今でもときどき思い出してしまう。
 理香子のように華やかではないものの、愛嬌があって、かわいらしい人だった。私は元恋人との出来事を回想する。
「三回目?」
「三回目ですよ。デートって、三回目で決まるんじゃないんですか?」
「えっ、そうなの?」
「えっ、違うんですか?」
「ごめん、僕そういうのよく知らなくて」
「いやいや、私もよくわかんなくて。なんかちょっと聞いたことあるだけで」
 そうだ、その恋人との三回目のデートは大学近くのファミレスだった。デートと呼べるのかもわからない。偶然大学帰りに会ったから、そのまま寄っただけだった。
「そもそもこれ、デートかわかんないですもんね、変なこと言ってすみません」
 少しだけ顔を赤くして言う姿が、かわいいと思った。
「いや、こっちこそ、ごめん」
 それからふたりでファミレスを出て、夜風にあたりながら歩いた。
「でもやっぱり…、どうします?」
 しばらく歩いてから、恋人は突然立ち止まり、尋ねてきた。
「どうする、って?」
「私、好きですよ。槇尾さんのこと」
「…えっ!?」
「槇尾さんのこと、好きです」
 あんなに真っ直ぐに好きだと言われたのはあれが初めて…、もしかしたら最初で最後、かもしれない。
 私にとって「三回目のデート」というものには、あの日の記憶が強くこびりついているのだ。

 スマホが震えて、我にかえる。リマインダーが、もうすぐ時間であることを知らせていた。
 そろそろ家を出なくては。
 これから、というときに、昔の恋人との馴れ初めを思い出すなんて、我ながら気持ちが悪いと思う。
 でも、少しでも、ほんの少しでも、あの綺麗な思い出を、糧にしたかったのかもしれない。

 ことあるごとに、恋人との綺麗な思い出をよみがえらせてきた。未練だとか、すがっているとか、そういうわけではない。
 ただ、大事な思い出なのだ。だからずっと、大切に、忘れないようにしてきたのだ。

 それもきっと、今日で最後。
 私は、一歩踏み出すことを決めたのだから。

 大きく深呼吸すると、私は約束のレストランに向かって歩き出した。





※フィクションです。
 三回目のデート云々…、というのは、今でも残っているのでしょうか。

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