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遠慮

このところ、暑かったり涼しかったりで、認知症の義母に着せる、衣服の調整が難しい。
「暑い」や「寒い」は自分で言えるものの、すっかり汗だくになってからだったり、手足が冷えきってしまってから言うので、慌てることがある。

昨晩も、掛け布団をしっかり被ったままで、暑かったのだろう。うっすら汗をかいていた。
それで、寝起きが悪かったのだ。

「起こし方が悪い!」と怒っていた。
「ここで働いている人は何歳くらい?」と聞くので、どうやら今朝は、ショートステイ先の施設と勘違いしている。
いつもなら、「あんたは下手くそや!」と言うところを、「あの男の人の起こし方が悪いわ。」と矛先を私からずらせて怒っている。
‘あの男の人’が誰を指しているのかは不明だが、夫(義母の長男)でもないみたいなので、私ではない誰かに怒りを向けるために、義母の頭の中で作り上げた架空の人物だと思う。

話題を変えてみても、また、「あの男の起こし方が悪い!」にもどって、軽いイライラが鎮まりきらない。
こういうときは、音楽好きの義母のために録り溜めている、歌番組を見せるに限る。
だいたい、音楽を聞いていると義母の気分はだんだん良くなる。

すると、歌手のバックで演奏しているギタリストの顔が大きく映し出されたとき、義母が、

「あ、コイツやー!」

と叫んだ。
「そうか、コイツかー。」
「もうコイツは家に入れてやらんとこな。」と答えると、義母は安堵したように微笑んで頷いた。

誠に申し訳ない。
名前も存じ上げないけれど、きっと、その方面では有名で、引っ張りだこであろうギタリストの男性が犠牲になってくれたお陰で、義母の怒りの落としどころがつき、丸く収めることができた。

義母は、認知症という病気のせいで、理性が働かず、直接的に感情をぶつけてしまうこともあるけれど、他所ではこうして、八つ当たりの対象を目の前の人にしないようにしている。
混乱しながらも、相手に対してちょっと遠慮して、気を遣いながら過ごしているのだ。

もともとの義母はそういう人だった。
悪口は言わず、周りに合わせて明るく振る舞う人だった。
けれども…。

病気の義母が本当に気の毒に思う。

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