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感情移入

認知症の義母を乗せた車椅子を押して、スーパーへ行った。
 会計を済ませた商品の袋詰めをしていると、生後半年くらいの赤ちゃんが、同じく袋詰めをしているママの隣に置かれたベビーカーの中で泣いている。小さな手をギュッと握って、力一杯泣いている様子は、可愛いらしくて目尻が下がる。
 義母は、以前20年ほど産婦人科医院で働いていたこともあるし、赤ちゃんが大好きだ。久しぶりに可愛い赤ちゃんを見たら元気が出るだろうと、私はそっと、ベビーカーが覗ける位置に車椅子を押した。
 商品を詰め込み終え、さぞかし平穏な表情をしているだろうと思って、車椅子を回り込んで義母の顔を見た。
 すると、あろうことか、義母もポロポロ涙をこぼして泣いていた。
な、なんでや?
私はびっくりして、「えーっと、うれしくて泣いてるの?」と聞くと、義母は首を横に振った。
「悲しくて泣いてるの?」と聞くと首は縦に振られた。
 スーパーを出て、公園が見渡せるベンチで、購入した抹茶ラテにストローを差し、義母の口元に当てた。「これ、おかあさんが好きな抹茶。一緒に飲もっ、美味しいでぇ。」と言うと、義母はもうニッコリ笑って、「美味しい。」と言った。
義母は、周りの行動や言葉が正確に理解できなくても、相手の感情は敏感に感じ取っているのだ。
あぁ、やっぱり、いつも笑顔で接することが大事なんやなあ、と私は改めて思った。
 ママに抱っこされてすっかり泣き止み、何事もなかったかのように平和な顔をした赤ちゃんが、春風と共に通り過ぎて行った。


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