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とても蚊がこわかった頃。

 図鑑が好きだった時期があった。
 たぶん、小学校へ入ったばかりの頃だった。

図鑑

 随分昔のことだけど、その頃は、今よりも訪問販売が盛んだった。
 チャイムが鳴って、知らない男性がそこにいて、何か商品を売ろうとする。
 そのパターンが繰り返された。
 
 ある時は、よく落ちる洗剤、という名目でやってきて、玄関脇の壁に少しだけ付けて、こすったら、そこだけ真っ白になった(ように見えた)。母親が購入したかどうかは覚えていないが、まだ幼い自分にとっては、微妙に魔法のようだった。

 ある時は、図鑑のようなものを持ってきた男性がいた。そこに並んでいる色鮮やかな動物や植物がまぶしく見えて、ほとんど「何かを欲しい」を言わなかった子どもだったのに、珍しくその意志を出したせいか、教育、というような目的のために母親が買ってくれたと思う。


 それから、よく、図鑑を見ていた。
 文章ももちろんあったけれど、そこにあるいろいろなもの、乗り物や、昆虫や、食べ物に関する図版を見ていたのだと思う。

 興味があるところだけ、文章を読んだ。

 蚊が普通に部屋の中も飛んでいるような時は、蚊取り線香もたいているような環境だった。

 図鑑によって、昆虫であることを知り、そして、その説明文のようなところを読んだ。


(これはアースのホームページからだけど、当時の図鑑も同じような文章だったと思う)。

 蚊のエネルギー源は糖分で、普段は花の蜜などを吸って生活しています。メスだけが産卵のための栄養源として吸血し、オスは吸血しません。人が出す炭酸ガスや皮膚のニオイ・温度を感知して吸血源を探し求めます。
 蚊はその種類により吸血する時間が異なり、アカイエカは夕方から夜にかけて、ヒトスジシマカ(通称:ヤブ蚊)は昼から夕方にかけて吸血します。

 この中で、「吸血」という言葉が目に飛び込んできたような気持ちになった。
 子どもの自分が知っている「吸血」といえば、「ドラキュラ」で、それが架空の存在であるのは知っていたけれど、「吸血」という文字には、怖さがあった。だから、「吸血」は命に関わるのではないか、と曖昧な知識で思っていた。

 だいたい、部屋には夕方以降に蚊がいるから、アカイエカだと思うけれど、あれがオスだったらいいのだけど、もしも、メスだったら「吸血」されてしまう。その時は、昼間だったけれど、今日、アカイエカが来て、それもメスだったら、「吸血」されてしまうかもしれない。

 怖くなった。


 夜になり、蚊が飛ぶようになった。

 それまでは、それほど気にならなかったし、蚊が飛んだら、蚊取り線香をたいているくらいだったのだけど、「吸血」という言葉で怖くなって、蚊の飛ぶ音がよく聞こえて、蚊取り線香の煙を避けるように、タンスの上に止まっている姿まで、見えるような気がした。

 怖さのあまり、集中力が増していたのだと思う。

 それから、蚊が飛ぶ方向を見て、避けるように距離をとって、そんなことをしているうちに、気がついたら眠くなって寝てしまったから、その怖さに関しても、子どものように、とらえ方が甘かったのだろうと思う。

 それに、小学生の時は、睡眠時間をとらないと脳が育たない、という情報のために、午後8時半には眠るようにしていたから、その習慣のためか、もしくは、蚊を目でおって集中した上に緊張したことで、疲れて眠くなってしまったのかもしれない。

知識

 当たり前だけど、それまでにも蚊に刺されて、かゆくなっていたこともあったはずだ。

 それは、「吸血」されていて、その結果として、かゆくなっていたのだけど、そのことと、図鑑で読んだことが結びつかなかった。

 当たり前だけど、蚊がとんでもなく大きかったら、「吸血」されたら、それこそ命に関わる。蚊は、あの大きさだから、「吸血」されても、かゆくなる程度ですむ。

 それに「血を吸われる」という言い方だったら、それほど怖くなかったのだけど、「吸血」という非日常の言葉だったから、怖かったのだと思う。

 中途半端な知識のために、勝手に恐怖を招いていた。

 その年だけ、蚊が怖かったし、さらには「蚊は吸血をする」という事実を親にも言って、注意喚起もしたい気持ちもあった。ただ、なんだか言うこともできず、それでも蚊に刺されることを避ける日々だった。

 それでも寝ているうちに、知らないうちにさされて、かゆかったりしたこともあったはずだけど、それと蚊が結びつかなかったのは、本当に愚かだったと思う。

 怖さのため、結びつけたくなかったのかもしれない。

現在

 当然だけど、今は蚊がいても、そんなに怖くはない。(デング熱が流行しそうになった頃は、やはりいつもより怖かった)。

 洗濯を干すときに、蚊が飛んできて、それで刺されないように叩いたりするのだけど、こんな大きい生き物を相手に血を吸おうとするのだから、どれだけの勇気なのだろうと思うようになった。

 というよりも、蚊から見たら、人間の全体像は把握していなくて、血を吸える皮膚というような部分だと思っているのかもしれない。

 部屋で座って、テレビなどを見ている時、顔に蚊が止まっていることに気がつかないことがある。そんなとき、妻に笑われる。

 あんなに蚊を恐れていたことと、現在が結びつかない。




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