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(一次小説 ・ ダークファンタジー )奈落の王 その二十七 敵襲

──それは黒い森から湧き出てきた。

雄叫びを上げて、一番乗りを競うかのように、森の出口から棍棒だの短剣だの、槍だのと粗末な武器を持ち、ボロい革鎧を着た──もしくは布をまとうか裸の──犬頭の妖魔らがタスクランの守る砦に向けて、森から顔を出し。

「敵だ! 犬の妖魔の群れだ!」

と、見張り台の兵が叫ぶ。
敵の雄叫びは止まらない。止まらなかったが。

──ドン、ドン、ドン!

と三回。

腹に響く重低音で、その犬の妖魔コボルドの足が一斉に止まる。
陣太鼓だろうか。
だが、敵軍の動きが止まったかと言うとそうではない。

確かに生きているコボルドは止まった。
しかし、彼らと交代するように、コボルドたちよりも見事な装備で身を固めた白い群れが森の端から湧き出してくる。

森の下映えを踏みしめる、それは骸骨。
しかし、どう見ても人間の骨格ではない。
ここ辺境で、骸骨など見慣れている。
兵士をはじめ、その指揮官たるタスクランも知っていた。

彼らは負の生命力で動く亡骸。
すなわちアンデッド、それも同族の骨が動くアンデッドコボルドである。

兵士たちは息をのむ。
号令はまだであったが矢を射かける者もいた。

しかし、そんな矢は彼らの骨の間をすり抜けて。
全く効果を出していない。

兵士の舌打ちだけがタスクランの耳に入る。

●〇●

ロランは砦の地下に潜ろうとしていた。
地下道に飛び込もうとした時、その先から彼は靴音を聞く。

ロランの顔が明るくなる。
もっとも、上半分は銀の仮面でおおわれていたのだが。

聴いたことのある、癖のある歩き方である。
やっと見つけた。
それは──。

「アリア!」

ロランはその人、自分の実の妹の名を叫ぶ。

「ん~? お兄ちゃんの声がしたような?」

うん、小さいながらも聞こえる。

ロランの耳が、確かにアリアの声を認めた。
その場違いなまでに能天気な声を。

「アリア!」

ロランは叫ぶ。

「お兄……銀仮面ちゃ、ま! ……痛ッ!」

と、中々呼び慣れない名を返すアリアである。
いや、舌を噛んだっぽい。
そのアリアが革鎧姿のロランを認め。
テテテ……と前かがみに駆けてくる。
ロランはただ両手を広げて妹を迎える。

だがしかし。

「おい、アリア、紺ところでそんなに走ると……!」
「え!?」

と、急停止したアリアは床の継ぎ目に足先をひっかけて、派手に前から転ぶ。
思わずロランの腹に頭から飛び込む形となった。

「アリア!?」
「痛テテ……痛いよお兄ちゃん」
「ああ。アリア。でも、アリア、緊急の時でも俺の名を呼ぶな。色々と困ったことになる」

 ロランはアリアの頭をなでる。

「痛いよ」
「うん、痛かったな。でも泣いてないな、良い子だアリア」
「えへへ」

 ロランはアリアのほほえみを見る。
 お互い、頬を赤く染める兄妹であった。

「わたしね、神魔くんと仲良しになったんだよ?」

 ロランはアリアの妄言を聞いた。

「はあ? 夢の話ならあとで聞く。今は走れ、時間がないんだ!」

 だが、今はそれどころでないのがこの砦が置かれている状況である。

「え!?」
「こっちだアリア!」

と、ロランはアリアを起こすとそのまま手を引っ張って、地下道をアリアのペースに合わせて走る。
タスクランから教わった道の通りに。

ロランはアリアに歩調を合わせる。
うん、そうしないとアリアはまた転ぶであろうから。

●〇●

「矢は効かぬ! 装備替えだ! 弓は捨ててスリングで撃て! スリング・スタッフ構え!!」

兵たちがタスクランの号令を聞き、ロングボウを捨てて長い棒を手に取る。棒の先には長い布がまかれて家t、そのさらに先端には弾丸──拳大の石だ──を詰めては地上を駆ける骨の化け物目指して棒を回しては片方の布を外して乱れ打ちをかける。

もちろん大部分の石は外れたが、見事命中した石もある。
それらはアンデッドコボルドの肋骨を、背骨を、喉骨を、頭蓋骨を砕いては確実にわずかではあるが、砦に迫る敵に損害を与えていた。

石といえど、高速で飛来するそれが命中すれば、それなりの傷になる。

「コボルドどもめ、どこで死霊術など覚えたのだ……いや、まさか!」

タスクランはアンデッドコボルドの軍勢に違和感を覚える。
生きているコボルドたちより装備が良いのだ。
そしてその数、見る限りで生きている連中とほぼ同数の数がいる。

骨が城門にとりついた。
大岩を落とす兵士がいる。
三人がかりで押した岩は、数匹のアンデッドコボルドを圧し潰す。

兵士たちが勝利の雄たけびを上げるも、骨はどんどん門に迫る。
喜んでいた兵たちも、すぐに次の岩にとりかかる。

「いや、いつものアイツらではありえん。どこかにコボルドの群れに協力している術師がいるはずだ……」

考えの帰結は当然であろう。
スペルユーザー、魔法使いがいるに違いない。

『森に潜む魔法使いを見つけた』

と、タスクランは風の声を聞く。
ビンゴである。
彼は左右を見るも、誰もいない。

「エルフの助太刀か」

と、タスクランは結論付ける。
先ほどのは森エルフの魔法であろう。
ならば、信じるに足る情報。
そしてその情報は自身の推測の正しさを裏付けていた。

「森の中か……どうやって倒す?」

タスクランは黒い森を見てつぶやいた。

●〇●

ロランは這い出た。

「くっ!」

思わずロランは呻く。
地上の光が眩しい。
草の臭いが鼻を突く。
ロランが出口の重い石板を押し開けると、お日様の光がロランの目を指した。

「アリア、ついてこい。ここは砦の外だ、森の中へと続く抜け道だ」
「え? どうして知ってるの?」
「とにかく出ろ、タスクラン公子に教わったんだ!」

と、先に穴から出たロランはアリアに手を貸した。

そして、彼らの前に黒々とした森と、生き物のざわめきが彼らを包む。
いつもならぬ、森の騒がしさ。

それはもちろん、妖魔の軍勢が引き起こしたものである。

「行こう、アリア。安全な場所……」
「ううん、銀仮面卿、わたし強くなったんだよ? 力を試したいなあ」

 物騒なことを言う妹である。

「神魔ファディって言うの。その人がわたしを強くしてくれたんだあ」

神魔?
ロランの聞き覚えの無い言葉である。
タスクランなら何か知っているかもしれないが。

『そういうことだ、お嬢さんの兄……上役殿』
「!?」

ロランは左右を確認する。
今の天から降ってきた声は!?

と、あわただしく腰を中腰にして、注意深く二本のショートソードを突き出した。

すると、微かに見える。アリアの後ろに。
黒いローブをまとった、白い仮面の存在が。
次元を超えて、ぬっと今世に上半身だけ突き出して。

ああ、まさに神々の、そして悪魔の技である。
ロランはアリアの味方をしているという神魔を凝視した。

『銀仮面卿、我もお嬢さんの意見に賛成だ。我が力、この世界、この次元でどの程度の力を持つ者か、確かめたい』

頭に直接響く声。

ロランは一も二もなく、その神魔の申し出に頷くほか手がなかったのである。

そう、どうして幽玄の存在に、死すべき定めの者たちの生者が選択できる答えに『自由』があるというのだろうか。

ロランは頭を切り替える。
敵は妖魔。
と、自分に言い聞かせ。

タスクランに恩を売る。
使える弟だと認めさせる。
ハルフレッドが喜ぶように、そしてハルフレッドの立場が盤石なものとなるように。
ロランはハルフレッド公子の影。

──貴族とは、怖いもの。
そう。

──それを、忘れてはいけない。

自分たち兄妹が生きているのはハルフレッド公子のおかげなのだから。



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