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(一次小説 ・ ダークファンタジー )奈落の王 その十六 兵站こそ戦の生命線。主計課など軍隊の一員ではないなどと言う軍はやがて全軍が餓死するに違いない。

馬車がギリギリ通れるほどの道なき道。
土は剥き出し、しかも岩の合間に木々の根が伸びていて自分の領土と主張しているような凸凹道。

 ──ガラゴロガラゴロ。

 二頭匹の馬車である。
行先は森に埋もれた王国の最前線である国境の砦。

冒険者グループを二グループ護衛に着け、城からは兵であるハンスが一人、そして今やハルフレッドの影となった銀仮面卿ことロランと、その妹でメイド見習のアリアのの三人、冒険者が十二人、そして城から三人と、計十五人の大所帯であった。

この馬車は軍用の補給馬車だ。クラスは二頭立てなのでかなり大きい。
そしてさらに辺境伯の財を示すように、馬車の各所は鉄材と思われる金属で補強されていた。

今、その御者席には無精ひげを生やし、柔らかな革のチョッキの上に脂で革を煮締めた硬い革鎧を身に着けた若者がいる。腰には長剣を下げ、背後には長槍を立てかけている。ただ、微妙にサイズが合っていないような気がするのは、そもそもハンスの武芸の腕前が、兄妹にとって全くあてにならないのではないか、と思わせているところにあった。
 うん、このだらしない髭と背虫めいた姿勢が、彼、ハンスの年を謎のものとしていた。そして謎だけでなく、彼の評価をぐっと下げる要因にもなっている。
 この若者、城に初めて来たときに、跳ね橋を降ろしてくれたお男である。
このハンス、ただ声の張りを聞く限り、そう歳を食ってない……どこえおか、若者と言っても良いだろう。
 ただ、先の通り、戦力として全く期待できそうにないように見えることを除いての話である。

「毎度毎度、この道は何とかならんもんかね」
「え? ハンスさんが御者に慣れてないだけじゃないの?」
「これはこれは銀仮面卿。そんなことはありませんぜ、このハンス、いつもどこでも本気で仕事、忠実な辺境伯家の私兵でさあ」

 ハンスの隣に座る、ロランは世間話を続ける。ちなみにアリアはハンスを挟んでロランの向かい側にいる。

「ハンスさんはスゴイですね、こんな暴れ馬をこんな上手に手なずけられていて」

 アリアの発言。
 やはりどこかがずれている。
 
「アリアお嬢さん、暴れてるのは道の方で、馬じゃありませんぜ」
「そうなの? お兄ちゃん?」
「ああ、そうだよアリア。ハンスさんの言うとおりだ。だけど、ハンスさんの手綱さばきは確かにうまいと思う」
「へ? あはは、お坊ちゃんにお嬢さん、あっしをおだてても何も出ませんぜ?
何小原の足しにもなりやせん。勘弁して下せえ、あっしはローラやサマンサから怒鳴りつけられるのに慣れてるんで」
「そうなの?」
「そうだよアリア。俺は何度も聞いたし見た」
「ふーん。ハンスさん、可愛そう」

 アリアの目から光が消えた。
 優しい娘なのである。

「あ」

 と、アリアが何かを思い出したように声を上げ。
 その目に再び火が灯る。

「飴ちゃんいる? ハルフレッド様に頂いたの。都からの取り寄せ品ですって。たくさんあるからハンスさん、そしてお兄ちゃん、いる? 飴ちゃんいる? いるよ……ね?」
「応、くれよアリア、飴玉。な、ハンスさんもどうだ?」
「お、俺っちに若から頂いた都製の飴だ……ゴホゴホ、ゲーホゲホ! このあっしに? 貴重な飴を? 本当に!?」

 ハンスは汚くも「ブーッ!」と息を噴き出した。

「汚いなあ、ハンスさん」
「ばっちいよ、ハンスさん」

 兄妹の声がそろう。

で。

「飴ちゃん、いるよね?」

と、アリアが小首をかしげた。

「お二方、そのくらいで勘弁して下せえ。褒められるのにはなれていないんですよ本当に」

 ロランは見た。アリアも見た。
 ハンスの顔は、上気して真っ赤になっているのだった。

馬車の前には六人の集団。
馬車の後ろにも六人の集団。

冒険者グループである。先を行くのは『静かなる剣歯虎』。
後ろを行くのは『虹の大蛇』である。

どちらも普段は王都の迷宮に降りて日銭と戦利品を稼いでいる猛者たちだ。
幾度も死人を出しては入れ替り、でもそんな喪失のショックを何度も繰り返し乗り越えてきた猛者たちである。

この補給行で予想される敵は『妖魔』。
つまりゴブリンやコボルドの集団である。
一匹ならばただの雑魚、でも十匹から二十匹以上となると王都の軍の小隊規模の戦力が必要となるだろう。

 まあ、ともあれ。

ハンスの持つ手綱の調子は変わらない。
そしてロランは刃を黒く塗った短剣を二本、腰に差している。
アリアでさえ、丈夫な木製の長い棒を持ち、武装しているのだ。

もっとも、前後に六人ずつの冒険者が警護についているのだ。
よほど頭が悪い『妖魔』や『魔獣』でなければ、襲われることはあるまい──と、皆がそう思っていた。

うん。
でも。

──そう。

世の中にはいつも、『想定外』と言うことが起こりうるのだ。

──しかし、そんな存在はいつまでたっても現れない。

ハンスは声をこぼす。

「雨が降れば川となる。お日様が照ればぬかるむか、砂で滑る。お馬はあんよを木の根にひっかけ、終いには車輪の車軸が痛むと来た。はあ、やってらないぜ」

板バネ、サスペンション。
これはそんなものが存在しない時代の物語。
おっと、閑話休題に。
もとの話に戻しましょう。

城の兵士、辺境伯の私兵であるハンスの御する馬車はガタガタ道を前に激しく揺れていた。幸い荷台の荷物は太い縄でこれでもかと縛られているので落下の心配はいらなそうではある。

ロランは聞いていた。
この森には妖精が、森エルフやフェアリー、そしてピクシーなどが暮らすという。
危険な生き物、魔獣のまがい物も生息していた時期もあったそうだが、それらは辺境伯の兵や森エルフらによってあらかた駆逐されているそうだった。

森エルフら妖精は、普通は人間たちヒュムと交流を持たないそうだが、辺境伯の城近くと、この先の砦近くでは違うらしい。
主に物々交換で品物や労働力の交換をするという。
これは閉鎖的だった森エルフたちと粘り強く交渉し、友好的に徹し続けた辺境伯一族の賜物と言える。

エルフの作る工芸品や、魔法の道具はそれはもう素晴らしく、王都に限らず人間社会で珍重される。
辺境伯の財の一部は、このようなものを得られる環境が大きく寄与していると言えよう。

辺境、この森のエルフは例外的に伯爵領の人々とは巧く平和な生活を送っているらしい。

まあ、ハルフレッドの話では。

『エルフ? 森エルフが早々出てくるものか、出てきても悪戯好きのピクシー程度さ』

と、ロランは聞いている。

だから。
ロランやアリアたち一行は、遭遇するなら妖精かな、と思っていたのである。



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