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フリーウェイに乗って、山下達郎を追いかけて! Road.6 「FOR YOU」

※こちらは、僕が、山下達郎のオリジナル・アルバムを買い集めきるまでの旅を記録した日記です。
ちなみにサブスクでの配信はほとんどないため、音源は貼りつけません。気になる人はアルバムを買うといいさ。

6th Album「FOR YOU」

1980年に発売されたシングル「RIDE ON TIME」のブレイクを機に、同名アルバムも爆発的なヒットを生み出し、この頃の山下達郎さんは所謂、地獄のロード、つまり全国ツアーに追われていました。
1978年に大阪のディスコで「BOMBER」がかかり、西でムーブメントが起きていた頃に待ち望んでいた全国ツアーへの欲が萎えてしまうほど、シンガーソングライターとして活躍し、多忙を極める山下達郎さんは、多くのライブを重ねていく中で、如実にバンドメンバー、そして自分自身の演奏技術の経験値が上がっていくのを感じていたそうです。
そうなってくると腕試しがしたくなるのがクリエイターの性であり、そんな意欲が余すことなく注ぎ込まれたのが6th Albumの「FOR YOU」です。

このアルバムは5thから約一年半後、1982年に発売されました。ちなみにこのオリジナルアルバムがRCA/AIRレーベル時代、最後の一枚となります。

ライナーノーツによれば、このアルバムは予定より少し遅れて発売されたそうです。
その理由は明記されていませんでしたが、おそらく、アルバム制作予算が大幅に拡大されたからなのではと僕は推測します。
1970年代は1枚のアルバム用にレコーディングできるのが、せいぜい10曲だったそうですが、この年はなんと全部で27。
この差から察するにおそらく試行回数も、アレンジ幅も格段に向上しているでしょう。さらに、メンバーの飛躍的な成長も重なり、潤沢な環境下でひたすら制作に没頭できる時間は、まさに蜜のように甘いのではないかと思います。味わい尽くしたくなるのも、当然だと思います。

アルバムのタイトル「FOR YOU」は直訳すると「あなたのために」となりますが、その”あなた”とはいったい誰なのか。
もちろん「聴衆」とも取れますが、僕はそんな甘い時間を過ごした”山下達郎さん、本人のため”だったのではないかと勝手に推測します。

そんな6th Album「FOR YOU」。
発売された1980年は、山下達郎さんのソロキャリアとしての過渡期でもありますが、同時に、音楽を聴くかたちの過渡期でもありました。

「音が進化した。人はどうですか」のキャッチコピーで知られるWALK MANのCM。
世代ではないですが、なんとなく見た記憶があります。

令和現在、”あえて”という選択肢の一つとして、または嗜好品として、ムーブメントを起こしているカセットウォークマンがこの年に登場しました。
このアイテムにより、今までカーステレオから流れてくるものだった音楽が、オーディオとしてのクオリティを保ちながら、より気軽に持ち運びしやすくなったのです。

そんな時代、「音楽を聴きながら出掛けよう!」といった風潮が高まり、聴衆の積極的なリゾート感覚と山下達郎さんが作り出す世界観が合致し、「夏だ!海だ!タツローだ!」といった標語が生まれるほど、彼はシンガーソングライターとしての立ち位置を不動のものとしていきました。
また、山下達郎さん本人も、「ようやく自分自身の音を獲得することができた」と振り返っています。




1.SPARKLE(A side)

山下達郎さんの代名詞ともいえるベースのフレーズが登場する楽曲といえばBOMBER。ですが、ギターのカッティングといえば?そんなクイズが出題された時、おそらく正解はこの楽曲となるでしょう。
それだけこのナンバーは今日まで続くキャリアの中でも一際、”煌めいて”いると僕は思います。

ライナーノーツによれば、ステージのための予備として買った茶色のフェンダーのテレキャスターの音が偶然、運命的にハマったことであのカッティングのフレーズができたらしいです。

夏の晴れた日に聴くと、4分15秒の最高が訪れます。




6.FUTARI(A side)

とにかく佐藤博さんのピアノが叙情的で素敵すぎるんです。まさにA面の締めくくりに適したバラードといった印象で、ライナーノーツ上でも山下達郎さんが彼のことをベタ褒めしています。

前述した通り、音楽をより身近に携帯できる時代が訪れたことで、アルバム全体を通して出かけたくなるような楽曲が多く収録されている6th。そんな中でこのナンバーは、例えるなら、足を止めて聴きたい一曲です。

佐藤博さんのピアノはもちろん、やはり山下達郎さんの楽曲といえば、多重録音によるセルフコーラスです。
サビに入るとまるで雨に打たれているかのように厚みのあるコーラスが降り注ぎ、その落差によって際立つAメロの静寂とピアノの旋律。曲の世界観に爪先から旋毛まで浸かれてしまいます。

夜がこのまま暗闇へ沈んでも、二人継がれた心は隠せない

「隠せない」と表現するところが流石であり、いじらしいなと思います。
この一文を「どんなことがあっても二人は愛し合っている」という意味として解釈するのであれば、「二人継がれた心を・・・離さない」と表現してもいいのですが、「隠せない」と否定系で表現することで、後ろ暗さを醸し出しており、だからこそ、「離さない」よりも、FUTARIが愛し合っていたのだろうと思うことができます。




10.HEY REPORTER!(B side)

6thの中で、最も異質です。
夏のリゾート地のパラソルの下で聴くような楽曲が並ぶ中、通しで再生していると、とにかくこのナンバーは異質でしかないです。
コーラスもなく、何鳴るような声で恨み節を謳っているHEY REPORTER!。
これは何故、このアルバムの中に入ったのだろうと不思議に思い、ライナーノーツをめくってみると、結婚前、多くのパパラッチに追われ苦しんでいた経験からこの楽曲は生まれたそうです。
「こういう作品を作れたのもあの芸能ゴロたちのおかげと思えば、何が幸いするかわかりません」という一言は、ウィットが効いており読みながら思わず笑ってしまいました。
そんな曲をこのアルバムに入れてしまう渋さと遊び心、カッコ良すぎます。




12.YOUR EYES.(B side)

目処も立ってませんし、相手もいませんが、僕は結婚式に絶対この曲を流そうと誓っています。
多重セルフコーラスはもちろん、なんといってもAlan O'dayさんが書く詩が誰かを愛するということに対して、真摯で、本当に素敵なんです。

YOUR EYESは全て英詞なのですが、歌詞カードを追うと中学生英語ぐらいの力があればなんとなく読み解ける程度に収まっており、小難しい表現は一切使われていません。
そんなシンプルな英詞を目で追っていくと、誰かに対して”愛”を表現するとき、大事なのは粋なセリフでも、綿密な雰囲気作りでもなく、「ただ愛している」という想いの真っすぐさと強さなのだろうと思えます。

特に好きな歌詞のフレーズがここです。

It's morning
and as I wake
I see your eyes

(朝
 目覚めるとそこには
 あなたの瞳がある)

こういった何気なさすぎて生活の中に埋もれてしまいそうな瞬間に、隣にいる人が「いまここで生きている」と実感する。こういったことを一つでも多く集めていくこそが”愛”なんじゃないかと思わせてくれるフレーズです。
まだ見ぬ明るい未来の指針として胸に留めておきたい一言ですね。




Bonus track. [FOR YOU]

「まえのくるまをおってください!」

「はい。わかりました!」

 四つん這いになった彼は背中に娘を乗せなるべく音を立てないように床の上を膝で進む。郊外に借りた1LDKの部屋で彼は妻と娘と3人で暮らしていた。
 45歳で一児の父となった彼は、最初、娘から嫌われやしないだろうかと恐れていたがそんなことはなかった。まっすぐ慕ってくれる彼女が何にも変え難く、愛おしかった彼は刑事ドラマごっこに付き合ったり、欲しいものはできるだけ買ってあげたりと、とにかく娘を甘やかした。そのたびに年下の妻から小言を言われ続けたが、家庭内で怒るのはいつまで経っても妻だけだった。

 そんな彼の娘も高校2年となり、ある時、リビングを通りかかると彼にとって懐かしいモノを手にしていた。
 WM-2。
 1981年に発売され、オレンジのイヤーパッドが特徴的なカセットウォークマンだ。

「懐かしいな!」

 後部座席に座る客からいつも料金を聞き返される彼だが、思わず声を張ってしまい、驚いた娘がヘッドホンをずらす。彼女はソファに背を預けたまま、父親を見上げる。

「そっか。ちょうど世代だもんね」

「ああ、そうなんだよ。しかも、お父さんが持っていたのと一緒のモデルじゃないか」

「え、ほんと! お揃いじゃん!」

 一般的に考えれば彼女は、所謂、年頃の女の子で、父のことが嫌いではないが、何気ない会話の一言に苛立ったり、席が近いと離したくなったり、くたびれたトランクスが不潔に見えたりするが、彼の娘はそういった態度がまるでない。

 その理由は彼にも、彼女にもあまりわからず、というより、その理由を追求することに興味がなかった。
 そこに母がいて、父がいて、それが当たり前で、お母さんは少し怖いけどそれ以上に優しくて、お父さんは少し頼りないけどそんなところが可愛いくて、つまり彼女は家族のことを真っ直ぐに愛していた。

「カセットは何を聴いているんだ?」

「えっとね、ヤマタツ」

「え?」

「え、山下達郎だけど」

 彼は当時の自分が繰り返し繰り返し聴いていたアーティストまで娘と一緒で、少したじろぎながら娘のつむじを見下ろしている。

 夕方の5時過ぎ、夕飯時にはまだ早く、かといっておやつ時には遅く、もう夜になると気温がぐっと下がる。地方ではもう、雪がちらついている。

「今ならサブスクで聴けるんじゃないか? なのにどうして買ったんだ?」

「いや、ヤマタツは聴けないの。だからいい機会かなって」

「そういうものか?」

「あのね、お父さん」

 娘が彼を見つめる。
 母親譲りで目尻がわずかに吊り上がっている猫みたいな目が彼を見ている。

「流行りは巡るんだよ」

 娘の得意顔を見ていた時、彼は少しだけ気持ち悪いことを考えてしまう。
 それは、もし、あの頃の自分が今の娘と出逢っていたらどうなっていたのだろうかという妄想だ。
 妻を好きになったように、その子のこともきっと同じように好きなっていたのだろうと彼は思った。

「お父さんはA面の6曲目が大好きなんだ」

 ちょっと待ってて、と言い、娘がカセットテープを巻き戻す。まるで昔から愛用していたかのように慣れた手つきで、彼は嬉しくなった。

「ああ。うん、そうだね。なんだかお父さんっぽい」

「そっか」

「うん。ぴったりだ」

 薄い唇の奥から小さな前歯が覗いた。
 そんな光景が褪せることなく、愛おしい。
 彼は微笑んだ娘の顔を見ていた。

 彼はもともと車を使ったシーンを得意とするスタントマンで、同じ現場でヘアメイクとして現場に入っていたのが彼の妻だった。現役時代はいつ死んでもいいや、と思いながらスタントに臨んでいたため、彼が担当するシーンはどれも迫力のあるカットになり、見栄えがするので仕事は絶えなかった。
 だが、自分よりも大切な人と出逢い、彼は躊躇うようになってしまった。そのことに対し、彼は悲しくも思ったが、嬉しくもあった。そして結婚を機に彼は引退し、先輩の紹介でタクシードライバーになった。
 対して、彼の妻はその後美容家になり、忙しさも収入も結婚後まもなく、逆転した。

「ほら! ダラダラしてないで、夕飯前にどっちでもいいからお風呂入ってきな!」

 帰宅早々、彼の妻が、彼と娘に言う。二人は「はーい」と返事をする。彼の妻が小言を言いながら洗面所で手を洗う。

 ちなみに彼は娘にスタントマンだったとは伝えていない。可能性はないと思いつつも、万が一目指すと言い出したら止められる自信がないからだ。

 そのため、彼女の中で父親は今も、妻の尻にしかれるタクシードライバーということになっている。それがいいと、彼は思っている。 

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