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青天の転生。【12作目】「短編」

人にはそれぞれ、物語がある。
そこで本を読んでるサラリーマンにも、
スマホを夢中にいじっている学生にも、
ドアが閉まって乗れなかった女性にも。
同じ車両に乗っただけの何十人。
時間は誰にでも平等に流れている。
そこで、それぞれの役割を全うしている。
みんな自分の物語の主人公を演じている。
ただ、わたしは自分の物語ですら
主人公になれなかっただけだ。


小さい頃から、自分の意見を伝えるのが苦手だった。
可愛い人形を使ってる子に貸してって言えなくて、
誰も使わない積み木でずっと遊んでいた。
小学生の時は、臭いからと誰もやりたがらない
生物係に任命された。
中学生の時は、掃除を押し付けられたけど
黙々と持ち場を終わらせていた。
高校生になってグループに所属した時は、
話に置いていかれないように、
流行りに必死に食らいついていた。
そうしている内に、自分の意見そのものが
なくなってしまったようだ。
お母さんに言われたから大学まで入って、
お父さんに言われたから大手に就職した。
悲劇のヒロインはここから逆転するんだろうけど、
そのヒロインには、みんな何かを望む姿があった。
わたしは、何を望んだらいいのかもわからない。


わたしはいつも通り、電車に揺られていた。
明日先方に渡す書類を作りに会社に行くためだ。
本来頼まれていた人は、どうやら恋人と会うらしい。
習慣になってしまった流行りの音楽の収集をしながら、
車内を見渡していた。
会社の最寄り駅まで残り2駅ってところでドアが開いた。
その瞬間、時間が止まったような感覚。
吹いた風に靡いた、少し染まった髪。
切れ長だけど威圧感のない、優しい目。
モデルのようにすらっとしたスタイル。
初めて目を奪われた。
釘付けになってしまった。
少し遅れて女性が乗ってきた。
2人は楽しそうに話をしている。
当然だ。恋人はいるだろう。
叶わない一目惚れは、
10秒もしないうちに終わってしまった。


疎らなオフィスに、低い声が響く。
この時間が1番嫌いだ。
わたしの会社は毎朝、朝礼をする。
その時に、いる人たちがそれぞれ挨拶をする。
声をなるべく出したくないわたしには
地獄の時間だ。
なんとか雑にならないように終わらせて、
もう朝会も終わりというタイミングに、
新しい派遣社員の紹介。
思わず息を飲んだ。さっきの男性だったからだ。
こんなことがあるのかと、自分でも信じられなかった。
呆然としたまま、朝礼が終わった。


部長に呼ばれて、彼の指導係になった。
書類作成を代わって良かったと思った。
来る時にも今も、彼と会えたからだ。
わたしは内心浮かれていた。
恋人がいるのは知っているけど、
わたしがどうこう出来る問題じゃないのも
わかっているけど、
どうしようもなかった。

「優太は無口で愛想も悪いけど、1番仕事が出来る。
キミも優太に色々教わるといい。」

部長が彼に、わたしを紹介している。
どこか恥ずかしいような、気まずいような感情。
今は、少しでも長く彼といたい。
初めてわたしの中に自我が芽生えた気がした。

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