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父ちゃんの料理教室

作家であり音楽家である辻仁成氏。在仏20年以上ともなるともはやフランス人のようである。美味しいものを作って食べて、街の人々とコミュニケーションを楽しみ、自由に生きる。
テレビ番組や彼のウェブマガジン・design storiesから彼を知り、たびたび追ってきた。

料理と美味しいものを愛する辻氏が息子のために料理を教えているようなレシピ本がこの本である。
息子に語りかけているような文章と、シンプルだけど素材にこだわり丁寧に作った料理がいくつも載っている。


各料理の文章のうち半分くらいは、生き方のこと、幸せのこと、息子に覚えていてほしいことなどが書かれている。
彼は料理をしながら息子と向き合い、たくさんの話をして二人の時間を過ごしてきたようだ。

パパがなんで料理をするかというと、料理をしていると嫌なことを忘れられるからだ。ついでに美味しいものが出来るからね。(中略)
君に料理を教えたいと思ったのは、人生の逃げ場をひとつ作ってやりたかったからだ。辛い時はいつでもここに逃げて来い。つまりだな、キッチンは裏切らないんだよ。

〈フランス風イカめし〉より

右か左か悩んだら、どっちが成功の近道かで選ぶのではなく、いいか、どっちが自分を最終的に幸せにするかを基準にしていくんだ。

〈煮込みハンバーグ〉より

だからね、パパは君に言いたい。今を大事に生きなさい、とね。簡単なことじゃないか?今を大事に生きさえすれば、一生は君の味方になるのだから。

〈牛肉のタリアータ〉より


レシピの部分はよくある「1.〜 2.〜」という解説っぽいものではなく、実際に調理しながら「ここがポイントだよ」「こうすればもっと美味しい」と教えているような書き方だ。
読む前には想像していなかったが、これが意外とわかりやすい。読みながら自分も頭の中で炒めたり煮たりできるのだ。レシピ本としてとても優秀(と言える立場ではないが)である。

あのね、玉ねぎって、優しく火を入れるのがコツね。時間がかかるけど、しんなりと色づいて、少しあめ色になるくらいがうまいんだよ。焦げつかないように、木べらでよく混ぜながら炒めていく。塩、こしょうも忘れるな。人生と一緒で基本だけは守らないとならない。

〈じゃがいもとベーコンのタルティフレット〉より

エクラゼ・ド・ポムドテールを皿に盛り、そのまわりに温め直したチキンときのこのクリームソースをかけてやると、やばっ、めっちゃうまそうじゃないか!よし、喰うか!

〈チキンときのこのクリームソース〉より

各料理を最後まで読むと、書かれてはいないが、辻氏と息子が二人で美味しそうに食べている様子が思い浮かぶ。

紹介されている料理の中で、すべて美味しそうではあるが、自分が特に気になったのは〈チキンときのこのクリームソース〉〈ラモンおじさんのスパニッシュ・オムレツ〉〈チキンピカタ〉である。材料も手順もシンプルで簡単なのにすごく美味しそうだった。これは作らねばと読みながら意気込んでいた。


辻氏の人生論には以前から惹かれるところがあった。自分を大切にし自由に生きる。人を愛し、料理を楽しむ。
そんな彼の生き方を見ていると自分もそうなりたいなと思わされるのだ。

人間は、自分の一生をコントロールしなきゃならない。しかしだな、失敗や過ちのお陰で人は自分の人生を軌道修正することができるんだ。

〈牛肉のタリアータ〉より

幸福を勘違いしていた。幸せは達成感じゃない。人生という終わりのない旅の過程にある、休憩所だ。旅を振り返り、これから向かう旅への希望を噛みしめる場所だよ。

〈メンチカツ〉より

料理は哲学だし、運動だし、創作だし、生きる喜びだ。

〈サーモンのパイ包み〉より


各料理の中で一つだけ、他とは違った書き方をしているものがある。〈ポム・ドーフィン〉の回だ。ここでは息子が話している様子がほとんどを占め、辻氏の気持ちや料理の作り方は注釈で少し小さく書かれている。
この時息子の彼は興奮とともにすごい人と素晴らしい音楽に出会ったことをしゃべり倒す。辻氏は昔の自分を思い出したりしながら冷静に息子と話し父親として諭す。その間にもお菓子ができあがっていく。
これこそ親子の時間がありのままに伝わってくる。彼ら親子の大事な時間にはいつもそばに料理があったのだろう。


最後に一つ、クスッと笑えた一文を紹介しよう。
きっとよく息子に苦笑されたりツッコまれたりしてるんだろうなと、親子の関係がよくわかる一文だ。

わかるだろ、パパを見てたら、威厳のかたまりのムッシュでしかない。おい、なんで笑うんだ。そこ笑うとこちゃうで!

〈クロックマダム〉より


出典:『父ちゃんの料理教室』辻仁成
   大和書房

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