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雨夜の星をさがして

日本には四季がある。春夏秋冬それぞれの風景や季節のうつろいを感じる時、それを表すことができる言葉もまた存在する。

日本人は古来から四季の美しさを言葉にして残してきた。この本はそんな言葉たちを集め、写真とともに載せたものである。
言葉そのものの意味だけでなくその由来や背景、さらに著者が言葉から感じた思いも説明文に綴られており、辞書としての役割もありながらひとつの読み物としても良い。
そして写真の美しさが言葉をより際立たせている。陰影のある風景や日常の一コマのような写真からは日本の四季の豊かさが日本語の美しさと繋がっていることを確かに感じた。

いくつか気に入った言葉を挙げよう。

【北窓開く】
冬、閉じ込められたままだった北向きの窓を暖かな空気に誘われ、開け放つことから。久々に開いた窓は寒さで強ばっていた体にほんのりと春の気配を届け、心を躍らせる。春を迎える準備が始まる。

「寒」や「雪」など冬らしい文字は入っていないにもかかわらず冷たい空気感がある「北窓」という表現。「開く」によって心の開放感までも表しており、一見動作的な言葉なのにその奥にある深い意味に感心する。

【風待月】
陰暦6月の別名。長い雨が続きじめじめした湿気が漂うこの月は、なんとなく心も体も落ち着かない日々が続く。そうした空気感を一掃してくれる風は、夏のプール終わりに一気飲みするラムネと同等の爽快さがある。

6月といえば夏の初め。春とも盛夏とも違う爽やかな6月の風を思い出す。
各月の別名が他にも載っているがどれもその月特有の自然環境を捉えた単語が使われており、日本の細やかな季節の変化が上手く表されている。

【夜半の秋】
秋の夜がより一層更けわたった様子。秋は段々と夜の時間が長くなり読書や勉強が捗るようになる。窓から差す柔らかな月の光と虫の声に耳を傾けながら、物思いに耽る夜もまたよい。「夜半」は23時から24時前後の時間を指す。

「夜半」という言葉を現代ではあまり使わないが、日付が変わる直前の夜更けという感じを確かに受けるのが不思議だ。
秋の夜長ののんびりとした時間を思い浮かべさせる文章も秀逸。

【月の船】
すこしずつ動く月を、大空を渡る船にたとえた情緒的な表現。月がゆく手に落ちている星々を上手に避けながら、夜空を漂う光景が頭に浮かぶ。この言葉を作った人はどんな思いを込めたのだろう。

日本人は月への想い入れが強いように思う。月の形に色々な名前をつけたり十五夜など月に関係する行事もある。月は夜空を照らす明るい光であるのと同時に、寂しさや虚しさを拾い上げてくれるような気もする。
一緒に載っている写真はそんな月の優しさを見事に感じさせてくれる。

【冬ぬくし】
寒い日が続く冬、ふいに訪れる暖かい日のこと。太陽の光が照らすほんのささやかな陽だまりや家に灯るオレンジ色のやさしげな光に幸せを感じる。

「ぬくい(温い)」という言葉そのものが冬にぴったりな言葉である。ただ温度的に温かいというだけでなく、柔らかなあたたかや心も体もほかほかしている様子がよく表されている。
自分はこの言葉でこたつを思い浮かべた。


どのページを開いても、言葉に、写真に、つい感嘆を漏らしてしまう。
言葉だけが並ぶページはまるでリズムをとるような上下に動きのあるレイアウトが読みやすく眺めても綺麗だなと思う。
写真のページは言わずもがな、写真集さながらの美しさに圧倒される。
各章ごとにある詩やエッセイで一息つきながら先のページにはどんな言葉が待っているのだろうと手が動いた。


日本語の美しさを自分は忘れてはいなかっただろうか。
最近の、外来語などカタカナの言葉を使うのが多いことが気になっており、自分は書く場面や話す時も日本由来の言葉を選ぶようにしている。
それでもこの本に載っている言葉たちを使うことはなかった。
改めて日本語のもつ情緒的な響きや意味合い、文字面の美しさを教えてもらった。


著者の古性氏はX(旧Twitter)などで美しい日本の言葉と写真を投稿しており、本に掲載された言葉以外もたくさん紹介されているのでぜひ見てみてほしい。その美しさに心打たれ、癒されるはず。


出典:『雨夜の星をさがして 美しい日本の四季と言葉の辞典』 古性のち
   玄光社


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