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夫に、娘のお尻をぽんぽんするのをやめようと言った話

うちのかわいい娘は、天使のように自由で陽気なので、ときおり「おしりふりふり」とうたいながら踊っている。もちろん、振り付けはサザエさんの歌に登場するタマの踊り方とおんなじだ。

5歳。日本であれば、幼稚園の年長さん。

ニコニコ笑いながら、謎の尻文字を書きだす。それを、「なにやってるの」と夫がポンポンと娘のお尻を軽くたたいて通り過ぎる。

娘は、お父さんに反応してもらえたことがうれしくて、「きゃー!」と笑顔で奇声をあげる。お父さんのお尻を、叩き返すこともある(子どもは手加減しないので、親は痛い)

ほほえましい光景である。しかし、ふと思った。

この「お尻ぽんぽん」って、娘が嫌がりだす前にやめたほうがいいのでは……?

娘はいつから、男親を嫌いになるのか

いつから父親を生理的に遠ざけるようになるのか、具体的な年齢を示すデータは知らない。

ただ、私の子ども時代を思い返せば、9歳の頃には父親と一緒にお風呂には入っていなかったはず。10歳ぐらいになれば、小さなころと同じノリでちょっかいを出してくる父親に「もう!あっちいってよ!」と憤ったこともある。

いま私は海外に住んでいて、湯船につかる習慣があまりない。バスタブはあるが、その上にシャワーヘッドがついているため、ささっとシャワーですませることも多い。

一緒にお風呂は習慣化しておらず、たまに発生するイベントのようなもの。冬場の寒い時期は、娘はシャワーを浴び、私は同じバスルームで服を着て見守っていることも増えた。

父親どころか、母親と一緒にお風呂に入る回数も、それほど多いとはいえない。

日本だと、お風呂に一緒に入らなくなったというのが、一つの子どもの心理的な成長をあらわす目安にもなったりするが、我が家ではたぶんそれはない。

いまは無邪気な娘と、何気なくしている「お尻ぽんぽん」の遊び。これをいつになったら娘が「嫌だ」と感じるのか、今の時点ではまったくわからない。10歳まで思わないかもしれないし、7歳で嫌となるかもしれない。

プライベートゾーンに触れられるのを嫌だと感じるようになっても、「やめてよ」と娘が気持ちを言葉にしない限り、親子のほほえましい遊びで流れていく可能性だってある。

子ども時代の遊びの延長で触れられるのが嫌だった

こんな風に思うのも、私の子ども時代の記憶が関係している。

私の父親が、「冗談でお尻を触るひと」だった。幼稚園児なら、いまの娘と同じように「きゃー!」と本当の遊びですむ。しかし、成長するにしたがって、お尻をぽんとタッチされることが、虫唾が走るように嫌になってくる。

「やめてよ!」といっても、「ごめんごめん」と笑っている父親。そのうち、母も「やめなさいよ」と眉をしかめるようになる。

父の心境が、「幼かったころのかわいい娘の姿を忘れられない」「娘と一緒に遊びたい」みたいな感じで透けてみえるのも嫌だった。

気を引きたいから相手の嫌なことをしてちょっかい出すって、最低ではないか。

成長した私の心は無視され、相手の気持ちだけ押し付けられる。大げさかもしれないけれど、いま思い出してもムカムカする。

念のためフォローしておくと、寡黙で温厚な普通の父親だ。しかしながら、この点だけは許しがたく、幼い私も飛び蹴りをして抵抗の意を示していた。

そのうち、お尻ぽんの行為はされなくなった。

「嫌がられる前にやめるべきだ」と夫に話した

そんな幼少期の記憶も引き出され、「ああこれは、娘が嫌だと感じる前にぜったいやめるべきだな」と思った。

なので、夫に率直に話した。

「ねえ、娘ちゃんのお尻ぽんぽんするの、嫌がられる前にやめたほうがいいよ」

ぜったい、いつかは嫌がられるんだから、今のうちにやめるべき」

夫は、そうか、わかった、と言っていた。ほんとにわかったのかな。

そもそも、プライベートゾーンなのだから、触れることを「遊び」にするべきではなかったのだ。いや、他人に触れられたらさすがに嫌だってわかるでしょと突っ込まれるかもしれないけれど、「親と遊んでいることだから、これも遊び」と解釈してしまう可能性はある。

もっとちゃんと、他人が触れていい部分とそうではない部分について、教えなきゃ…みたいな話をしようとしたら、夫は眠そうにスマホに視線を落としていた。ほんとにわかったのかよ。

子どものからだは、その子のもの

赤ちゃんのむちむちほっぺにはちゅーしたくなるし、やわらかい体はぎゅーっと抱きしめたくなる。

親子のスキンシップは愛着を形成するのに、とても大切なことだ。今日の話は、それを否定しているわけじゃない。

ただ、小さかった子どもは、確実に大きくなる。「いつか」ではなく、毎日徐々に成長している。

昨日、楽しかった遊びに、今日は飽きてしまうように。いままでOKだったものが、急にダメになることある。

子どもが嫌だといっているのに、ふてくされた顔がかわいいからと、へらへらちょっかい出す親は最低だ。ほんと、他人からすれば大げさなと思うことでも、本人にとっては30年たっても記憶に残る嫌なことなのだ。

これって異性の親に限った話ではなく、同性の親でも「人前で手をつなぎたくない」とかそのうち出てくるよなあ。

娘が、あっさりと「手つながない」と言ってきたら、「あ、そう」とあっさり子離れしていけるようになりたい。(そのときの、寂しいなあという気持ちはnoteに書くと思うけど、それを娘に押し付けないのが私の理想)

そんな難しく考えることないよ、と言われたらそれまでなんだけど。やっぱり考えちゃうよね。自分の体と相手の体を尊重するって、大切なことだもの。




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