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日曜日の後始末【短編小説】

そんな事は考えなくてもわかる。
いつものように愛想笑いで話を合わせればいい。
穢れた身体をシャワーで流してしまえばいい。
どうせいつものルーティンなんだ。


ヒリヒリする手のひらを見ると
皮がペロッと剥けている。
うっすら血のにじむ手を見つめ、
大した事ではないと分かると、
握り拳を作り、私は思いっきり壁を殴った。
鈍い音と鋭い痛みで一瞬気が遠くなりそうだったが、新たに滴る血を見て私は満足した。
良かった。
もうこれで手のひらのかすり傷など、
どうでも良い。


蛇口を捻って拳を洗う。
ざくろジュースの様な色をした水が渦を巻く。
そうだ、私も喉がカラカラだった。

とりあえず拳にタオルを巻き冷蔵庫を開けると
冷えたビールと林檎が入っている。

林檎を冷蔵庫に入れたのは、私じゃない。
迷わずビールを取った。

利き手じゃない方の手で
無理やり缶を開けて一口飲むと、
後はもうどうでも良くなる。

拳に巻いたタオルが
次第に赤く黒く染まっていく。

そうそう、これでいい。
薄汚れた私の血など全て流れてしまえばいい。
そしてこのビールから生まれる新しい血が体中を巡ればいい。

今日が終わる。

日曜日が終わる。

この憂鬱さを
誰かどうにかしてくれないか。
せっかく新しく綺麗な血が流れ始めたと言うのに
また穢れていくのが忍びない。

むりやり封じ込めて出来た手の傷は
また治癒されてしまう。

その繰り返しを
永遠と
この命が終わるまで私は続けるのか。


拳に巻いたタオルを取ると、
赤い血が
ぽこぽことした骨の突起から
規則正しく一筋ずつ並んで流れている。

私はその拳に飲みかけのビールをかけた。
じんじんとした痛みが生きてる感覚を
思い出させてくれる。

とりあえずの祝杯としよう。
今だけでいい。

傷口に染み入るビールを見ながら
穢れ落ちてく自分に酔ってしまえばいい。



目が覚めると酷い頭痛と右手の鈍痛で
思わず顔が歪む。
テーブルを見ると転がったビール缶。
右手には血塗れのタオル。
ため息を吐きながら
血で固まったタオルをパリパリと剥がした。

最悪だな、私。

苦笑いしか出ない。
幸い傷は酷くなさそうだが
聞き手の右手を
動かす度に痛みが走る。

冷蔵庫から冷えた林檎を取り出して齧る。
シャクっとした歯触りが気持ち良い。

私はどす黒い血で固まった手を見ながら
そろそろ潮時が来ている事を思った。


いつからか
朝起きると身体中に痣が出来ていた。
何処かでぶつけたのか覚えてはいなかったが
ここまで酷い傷に気が付かないのもおかしい。

それにもっと不思議だったのは
冷蔵庫の中に、見知らぬモノが入ってる事だ。
飲めないビールだったり
辛いものが苦手な筈なのにキムチがあったり。
いくら付き合いでの酒と言っても
自分を忘れるなんて事は無かった筈だ。



「ねぇ?」
部屋を見渡し、呼びかけてみる。
その存在は答えるはずも無い。

「アホくさい」
自分に呆れながら、右手に巻く包帯を探し出した。


私が自分と、自分の中の存在に気が付いたのは
1年前。
解離性同一障害、
つまり二重人格と言われた。
そんな話は本の中だけだ。

ジキルとハイドでもあるまいし
くだらないと思っていたけど
こうも記憶が無いのは流石に気持ちが悪いし
最近はあまりにも度が過ぎている。


冷蔵庫の中の見知らぬものは良い。

ビールもまぁ良いとしても
壁を殴った様な穴が空き
自分の手が腫れ上がっているのは、
流石にどうかと思う。

向かう先が自分じゃなかったら…
そう思うとゾッとして仕事にすら行けなくなってしまう。


父は物心ついた時に居なくなった。
まるでタバコでも買いに出た様に
ふらりと居なくなった。
母はそんな父を心配する様子もなく
いつもと変わらない生活を続けていた。

わたしが知らないだけで
2人は決めていたのだろうと今は思う。

だからと言って
私も特別寂しい訳でもなく
淡々と日常を繰り返していた。


そして私が18になった夏
母親も居なくなった。

狼が死ぬ前に
群れからひっそりと抜け出し
2度と帰って来ないように
母親もひっそりと居なくなり
2度と帰って来なかった。

私は大して驚かなかったように思う。
そうなるようになっていたのだと、
私は気がついていたのかも知れない。


気味が悪い、
そう思い出して
私は自分宛の手紙を書いた
私が私でいる時間に。

もし私でない私が、この手紙を読んだなら
そして返事を書いてくれたなら
そう思って手紙を書いた。


『あなたが何処に居るのか、そしていつ私と入れ替わるのかすら私には分かりません。私は私なのに、私が分からないでいるのです.もしあなたにわかる事があるのなら、どうか返事を書いてください』


次の日、目覚めると
顔上に小さく小さく破かれた手紙が
紙吹雪のように散らされていた。

私は諦めない。
その存在を知るまでは。

なかば意地になって私は手紙を書き続けた。
何日も何日も。
そして手紙は何回となく千切られ
時にはコンロで燃やされ
時には冷蔵庫に入れていた食べかけのカレーに
突っ込んであった。


『あんたなんか居なくなればいい』

私はそう書いた。
本当に消えて欲しかった。
増える身体中の傷と
壁や床に点々とどす黒く残る血と
そんな事と一緒に消えてくれと
こころの底から願った。


朝起きて
その光景を見て私は吹っ飛んだ。


『あんたなんか居なくなればいい』
そう書いた手紙に包丁が突き刺さり
『だったら消え方を教えてくれ』と
殴り書きがあった。


ゾッとした。

まさか本当に返事が来るなんて思ってなかった。

酔っ払った勢いで書いたのでは無いかと
部屋中を見ても
ビール缶一つ落ちてやしなかった。

私は包丁を引き抜くと
ビリビリに手紙を破りトイレに流した。

あり得ない。
だって
あってはならないのだから。

でも、その日を境に毎日毎日手紙はあった。

テーブルの上に
便器の中に
冷蔵庫の中に
ゴミ箱の中に
『消え方を教えてくれ』
『消え方を教えてくれ』
『消え方を教えてくれ』

殴り書きの手紙は永遠と続く気がする。

ついに
私は目覚める事が怖くなった。

見つける度に絶叫し
ビリビリに破いて部屋に撒き散らす。

私はベッドの上で
毛布に包まり
ひたすら念仏の様に
ごめんなさいを繰り返した。
毛布から顔を出す事すら出来ない。



もう私で無くていい。
もう私以外でいいから。

もうやめて。
私をやめて。


いつの間か眠っていたらしい。
目が覚めると
顔の上に白い布がかけてある。


「打ち覆いのつもりかよ」
死ぬ気はねぇよ
そう呟いて
私は起き上がり、紙吹雪まみれの床を
ペタペタと歩いた。

鏡に映る顔を見て
つい笑みが出る。


穢れてない私が生き残った。
そうなると思ったわ。

空腹を感じて冷蔵庫を開ける。
黒ずんだ林檎を掴んで、ゴミ箱に投げ入れた。


あんな弱虫じゃ
とてもじゃないけど生きていけない。
だから私が守ってあげなきゃ。

あんな男が付き纏う人生なんてあり得ない。
あんな女が近くにいたらロクな事が無い。

だから私が捨ててやった。
今さっきの林檎の様に。

いつだって後始末は慣れてる。



久しぶりに小説を書いてみたくなりました。
しかもドロドロしたやつ。

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完全なる思い付きで書いた小説です。

私の中にある、
モヤっとした気持ち
後味の悪い出来事を流してしまいたくて
書き殴った感じです。
文中でも
そのまんま殴ってしまいました💦💦


難しいーー( ´ ▽ ` )💦!!



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