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【旅掌編】グェン家の4人乗り

私はホーチミンの小さな不動産会社に勤めている。

大学ではビジネス・マネージメントを専攻していた。

大学時代にスティーブ・ジョブズの自伝を読んで衝撃を受け、ジョブズのようなビジネスマンになりたいと思った。

私は英語の勉強を始め、英語を話せるようになった。

英語を使って「宇宙に凹みを入れる」ような仕事をしようと決めた。

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就職のタイミングは悪く世界的な不景気の中、この国の経済も落ち込んでおり、完全な買い手市場だった。

それでも友人の中には大企業への就職を決めているものもあり焦った。

彼らと自分のどこが違うのかわからなかった。

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私は大学卒業以来ずっとホーチミンの不動産会社に勤めている。

先日大学時代の友人から、ニューヨークの本部への転勤が決まったとのメールが届いた。
彼とは大学時代ゼミも同じでお互いに励まし合って就職活動をしていた。
彼はいち早く外資系金融のホーチミン支店に職を得た。

私はいまだに彼と私の違いがわからなかったが、「他の誰か」にとっては、天と地ほどの違いが見えているのだろうと思った。

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毎週金曜日の夕方には、家族で食事に行く。
4人乗りのスクーターで、昼間に比べて幾分涼しくなった風を切り、いつも同じレストランに向かう。

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ある有名な日本の写真家が、私たちの4人乗りスクーターの写真を撮り、「世界一幸せな家族」とタイトルをつけ、その写真がSNSで世界中でバズった。
たしかに自分で見てもこの4人家族は世界中の誰よりも幸せそうに見えた。

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私は小さな不動産屋に勤めている。

大学生時代は「宇宙に凹みを入れる仕事」をすると決めていた。

そして、今では、世界一幸せな家族の一員、らしい。

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