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建前と本音の不均衡~佐藤浩市『空母いぶき』インタビューの件に関して~

『ビッグコミック』の当該インタビューも読まないでこれを書くのは、火中の栗ならぬ鉛を拾いにいくようなものかもしれない。まぁ、書き始めてしまったからしょうがない。

かわぐちかいじの同名漫画を原作にした映画『空母いぶき』で総理大臣役を演じた佐藤浩市のインタビュー記事が炎上している。詳細は下記リンク(魚拓)にて。

「人間的な弱さを抱えながら最終的にはこの国の形を考えるような総理を演じたいと思うようになった」

世論は佐藤浩市擁護に大きく傾いている。そりゃあね、佐藤ははっきりとこう言っているわけだから。この発言を客観的なテキストとして読み取れば、佐藤による改変に批判されるいわれはないという結論に至るのは当然だ。

とはいえ、じゃあ佐藤浩市は100%シロと、本当に心の底から思えるだろうか? 総理大臣がストレスに弱いことを表すためとはいえ、わざわざ安倍首相を連想させる腹下し設定を選ぶ。それだけでなく、総理は漢方ドリンク水筒を持ち歩いてる設定まで付け足す(安倍首相もマイボトルを持ち歩いている)徹底ぶり。原作にはなかったこれらの設定をつけ足すことに、恣意的なものを全く感じないという人はあまりいないのではないかと思う。多かれ少なかれ引っかかりは"感じる"はず。

しかし、世論は佐藤擁護だ。おそらく殆どの人が引っかかりを"感じている"はずなのに。どうして佐藤批判派(≒ネトウヨ)は今回ボロ負けなのか。これはつまり佐藤浩市は「悪意はない」とはっきりテキストにしているからだと私は思っている。

およそネトウヨは佐藤浩市の改変に悪意を感じたから叩いている。それこそ原文のインタビューを読まずに叩いている。ネトウヨは佐藤の悪意を"感じとった"のだ。
しかし原文のインタビューを読めば、その悪意を否定し得る発言を佐藤はしっかりしているのがわかる。冒頭に提示したものだ。ネトウヨが根拠にしている"感覚"は形を持たないものなのに対し、リベラル含め佐藤擁護派が拠り所としている佐藤の発言は活字としてしっかりと存在をこの世に持っている。

形を持たないものと形を持っているもの。後者の方が強く意識されるのは当然だ。また、形を持たない"感覚"は共有が難しいが、形を持つテキスト(と、それを媒体としているテキストの内容)は読解さえできば共有ができる。佐藤がいくら悪意を持っていたとしても、実体を持たないそれが実体を持つテキストより強く存在を持つことはまず無い。

ネトウヨは左翼的悪意に敏感だ。だから佐藤の悪意に対し実体を持つテキスト以上に存在を認められる。しかし世の中の大多数はそんな偏ったレーダーを持っていない。だから、明文化されたテキストの方を信じる。

この佐藤浩市の件でネトウヨが惨敗した理由はひとえに「目に見えないものを共有する難しさ」だと私は思う。ネトウヨが思う以上に、世間は佐藤の悪意に気が付いていない。

佐藤批判を優位にするには、ネトウヨは一心不乱に「目に見えないもの」つまり佐藤の悪意の存在を証明して、左翼的悪意レーダーを持たない人々にも悪意の存在を感じさせる必要があった。しかしネトウヨは原作改変の是非など、証明とは関係ないことに気をとられてしまった。そうこうしているうちに世論は佐藤擁護、目に見えるものを根拠とした(目に見えないものを無視した)論調で固まってしまった。これが敗因だ。

佐藤が全くの無実とは私は思わない。しかし、佐藤は悪意を明文化しなかった。そこは佐藤の勝利である。


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渡辺八畳

起きて半畳寝て一畳/漫画も描くサブカル系詩人。サークル「自然体同好会」で東方とか/現代詩投稿サイトB-REVIEW運営→www.breview.org

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