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物語をもう一度書き始めた21歳の時のこと

「主人公でも脇役でもない。仮に自分がこの物語の世界に迷い込んだとして、話の焦点が自分に当たることは絶対にないんです。……僕が送ってきた大学生活っていうのは、要するにそういう感じなんです」

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 今月初め、所属している創作チーム「超水道」にてiPhone向けノベルゲームをリリースした。正確に言うと「再リリース」だ。iOS移行に伴う64bit化問題への対応がようやく完了し、めでたくAppStoreで公開できる運びとなった。

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「デンシノベル」と銘打っている本作は、数多あるノベルゲームのなかでも「読む」感覚によりフィットした造りになっている。ノベルを読み進めていくなかで、ときおり挿絵と楽曲が差し挟まれる──そういうスタイルの作品である。

 僕こと蜂八憲は、シナリオを手がけさせて頂いた。

恋と言うにはほど遠く。
色もなければ輪郭もない。
無色透明の「好き」だった。

咲間鷹司(さくま・たかし)は、東京の聡桜(そうおう)大学に通う2年生。大学入学を機に地元・福岡から上京して二度目の春。

入学当初の意欲を失いかけていた鷹司は、かつて想いを寄せていた幼なじみ・佐倉(さくら)ユウナと偶然にも再会する。

「うち、聡桜入るために東京きたっちゃん」

大学受験に失敗したユウナは、第一志望校の聡桜大学に再挑戦するため、上京してきたのだという。彼女の頼みで、鷹司は受験勉強の「息抜き」に付き合うこととなるが……。

惰性にくすぶる大学生と、意欲に燃える浪人生。
道に惑う彼と、道を定めにきた彼女。
かつて離れた二つの道は、東京で再び交差する。

福岡発、東京経由──行き先は、まだ、知らない。
四季を舞台に描かれる「上京」ノベル、ここに開幕。

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「もし蜂八さんが『佐倉ユウナの上京』の世界に入りこんだら、キャラクター的なポジションとしてはどこらへんになるんですか?」

 2013年某日、都内ファミレスでの『佐倉ユウナの上京』制作打ち合わせにて。

 当時ディレクションを務めていたミタさんからそんな質問を投げかけられた。iPhoneアプリ版でのリリースに向けての諸々の話し合いが終わり、ほっと一息ついていたタイミングでのことだ。

「『佐倉ユウナの上京』って、浪人生のユウナももちろん魅力的ですが、主人公をはじめとする大学生の野郎どももアツくて素敵じゃないですか。個人的な憶測ですが、蜂八さんもそういう大学生活を送ってこられたのかなって」

 テーブルの上に広げられたスケッチブック、そこに描き出された「上京」のキャラクターたちを彼は嬉しそうに眺めた。

 なるほど、確かに『佐倉ユウナの上京』のキャラクターたちは根が真面目で、それぞれが自分の目指す方向に進もうと頑張っている。そして自分も、そこは意識して書いてきた部分だった。

 僕も彼と同じようにスケッチブックを見つめつつ、少しの間を置いて、口を開いた。

「きっと、僕はモブキャラですよ」

 それから、こうも付け加えた。

「主人公でも脇役でもない。仮に自分がこの物語の世界に迷い込んだとして、話の焦点が自分に当たることは絶対にないんです。……僕が送ってきた大学生活っていうのは、要するにそういう感じなんです」

『佐倉ユウナの上京』を書くにあたって、はじめに設定したキーワードは3つあった。

 一つは、タイトルにもある「上京」。
 もう一つは「大学」。
 そして最後に「学問」。

 自分の大学生活を振り返って、「俺って頑張ったな」と思えるところはそれなりにある。一方で──「俺ってダメだったな」と思うところも、同じくらい、ある。そして、「ダメだったな」と思うところの最たる要素は「学問」だった。


***

 当時、僕は都内の大学の文学部に所属していた。お世辞にも真面目とは言いがたい学生だった。

 思えば、大学1年生の頃からちゃらんぽらんだった。

 試験を控えて同期の面々が「やっばーい勉強してないぽよ~単位落としちゃうぽよ~」と嘆くなか、「HAHAHAなんとかなるぽよ~」と楽観して僕だけ単位を落としたり、各講義でごめんなさい論文(※)を出して「単位くれぽよ~☆」と懇願しては教授から無慈悲にリジェクトされるなどした。

※【ごめんなさい論文】 ゴメンナサイ - ロンブン

単位取得の危機に瀕した学生が、最後の悪あがきとして書く論文まがいの何か。

なぜ自分が危機的状況に陥ったかを命題に掲げ、論拠として「不勉強な自分の愚かさ」「自己管理の甘さ」「個人的事情」などを挙げて単位取得への熱意をアピールする。

なお、成功率は低い。

類語 → 反省文


 そんなわけで、周囲の僕に対する印象が入学当初の「笑顔でスマートに単位を取っていきそうなヤツ」(友人談)から「真顔でしめやかに単位を落としていくヤツ」(同・友人談)へと更新され、定着するのにそう時間はかからなかった。

 当然のように、1年次の成績は留年すれすれのレベルだった。2年次以降は「いかに楽して単位をとれるか」という観点でしか講義を選択しなくなっていった。

 “出席せずとも最後にレポートを出せば単位は来る”
 “出席さえすれば期末試験で0点とっても単位は来る”

 自分の専攻分野と無関係だろうが、テーマにまったく興味が向かないものであろうが、そういった“単位が取りやすい”講義であるならば、片っ端から選択していった。

 そのくせロクに講義にも出ず、試験もレポートも面倒くさいと放り出して、また単位を落として。

「俺も昔はワルでさ」といった武勇伝みたくカッコよさげに語る類のものではないし、そういうふうに語るつもりもない。自分にとっては、絶叫とともに頭から壁にダイブしたくなるような黒歴史でしかないのだから。

 そんな学生生活を送ってきたからこそ、思う。こと「勉学」に関して言えば、僕は作中のどのキャラクターにも自分を当てはめることができない。学問に対して一定のポリシーを持って行動する登場人物たちを、遠巻きに眺めている「その他大勢」でしかない。

 そういう意味で、僕は「佐倉ユウナの上京」という世界においてモブキャラにしかなれないのだ。

 だからこそ、僕はこの物語を書いたとも言える。

 その契機になった、大学時代の出来事がひとつある。

***

 もともと、自分が地元の大学ではなく東京の大学を選んだ理由は、「ものを書きたい、そのためには出版文化の中心地である東京に直に触れたい」という想いからだった。僕にとって大学受験というものは、例えるならば東京生活のチケットを得るための試練にほかならなかった。

 そんな動機だったから、学問に対するモチベーションはあまり高い方ではなかった。その大学の文学部を目指した理由にしても「過去に著名な文筆家をく輩出している」というその一点のみで──学問内容ではなく「場の空気」、大袈裟に言うなら学部の風土に憧れたからだった。

 なんでこんなにダルい講義を受けなくちゃならないの?
 無事に卒業するため?
 親に金銭的な迷惑をかけないため?
 就職活動で有利な肩書「大卒」を得るため?
 そんだけ?

 ──それは、意味が薄すぎやしないだろうか?

 高校までの自分の勉強のモチベーションは、いい成績を取ることが楽しかったからで、それで周囲から一目置かれるのが悪い気分じゃなかったからで──まあ、それに加えて「勉強しろ」と強制されてもいたわけで。

 それが大学になって、「自分で自由に勉強しなさい、キミたちはもう大学生(おとな)なんだから」と突き放されるわけだ。大学で学問を追究するモチベーション、ひいては自分にとっての学問の意味が、2年次の時点でよく分からなくなっていた。

 僕は自学部における学問に意味をあまり見出だせなかったぶん、大学のサークル活動に没頭して意味を見出そうとした。

 出版サークルの広報兼ライター。
 それが当時の僕の肩書だ。

 制作したフリーペーパーを学内で配布したり、情報誌を販売したり──そうして自分の書いたものが、多くの人の目に触れることがどうしようもなく楽しかった。自分のやっていることには意味がある、と素直に思えたのだ。

 しかし、その気持ちも、大学生活後半になって就職活動に身を投じていくにつれ、やがて揺らいでいった。自分はこういうことをしてきました、と自信をもって語っていても、思うように「内定」という結果を得られず。制作物をポートフォリオとして面接の場に持って行っても「それがなんだっていうの?」とでも面接官から返されれば、言葉に詰まってしまって、それ以上はもう何も言えなくて。

 マスコミを中心に志望していた自分だったが、当初の意欲も段々と薄れていった。

 俺ってなんで東京に出てきたんだっけ。

 ああそうだ、いちばん初めは物語を書きたかったんだ。自分の力がどれだけ通用するかを東京で試したくて。なのに結局、自分は大学に入ってここまで物語を書くことはしなかった。でも今更すぎるよな、本当に今更だよ。サークル活動で満たされちゃったよ、もう俺は十分にやったんだよ。

 そう信じて、就活では大学で打ち込んだサークル活動を軸に自己PRをしていたけれども、次第に自信がもてなくなっていって。「あれっ、俺のやってたことに意味なんてあったのか?」と不安になって──

 それでもなお追われるように履歴書を書くしかなかった、そんなある日のことだった。履修していた講義で、同期のAくんと会ったのは。

***

 とある昼下がりの講義。僕はいつもの定位置、大講義室の最後列すみっこの席に陣取っていた。席といってもそれは長机ではなく、パイプ椅子に簡易テーブルがついただけの代物だ。教壇からはばっちり死角になっていて、居眠りするのに最適な「特等席」なのだった。

 その時、僕はいつものように履歴書を簡易テープルに広げて、自己PRを書こうとしていた。そこで、「よう久しぶり」とAくんから声をかけられたのだ。

 ──Aくんは僕の5つ年上で、社会人入試を経て入ってきた「大学生」だった。

 学部で初めて同期として顔を合わせた時は、年齢を聞いて「マジで!?」と驚愕したし、正直なところどう接していいか分からなかったりもしたものだ。しかし、一緒に講義を受けたりご飯を食べたりしていくうちに、いつの間にか仲良くなり、気付けば大切な友人の一人になっていた。

 Aくんは、とても真面目で優秀な学生だった。

 講義を受ける時は必ず最前列かつ教授の真正面に座り、教授の一言一句に頷きつつ鬼のようにノートをとり、講義が終了するやいなや教壇へ颯爽と足を運び、内容についての質問を浴びせる……といった感じの。

 一方の僕はといえば、同じ教室の最後列かつ端っこの席を定位置として「ようやるわ」と半ば呆れ気味に彼の優等生ぶりを眺めていたものだ。

 ……久しぶりに会った彼は、特に変わりもなく元気そうで、脇には相変わらずのように数冊の分厚い図書を抱えていた。

 講義ごとに参考文献を用意するのは当然として、予習も欠かさないAくん。文献の上下横からのぞく無数の付箋が、彼の勉強熱心さを雄弁に物語っていた。

「蜂八、お前ってばまーた『特等席』かよ」
「そういうお前も、どうせ教授のド真ん前に座るんだろ」
「就活、大変そうだな」
「まあね。そっちも院試お疲れ様」

 Aくんは大学院への進学を目指しており、就活はしていなかった。「勉強、大変だけど楽しいよ」とあっけらかんと笑う彼。「今はこういう勉強しててさー」と嬉々とした口調で語るのを見て、当時の僕は嫉妬した憶えがある。

 なんでコイツはこんなに活き活きとしてやがるんだ。こっちは正直なところ、ひどく参っているというのに。進路を定めようとしている立場は同じなのに、どうしてこうも違うのか。

 その「差」にどうしても納得がいかなくて、妬ましくて──ほとんど吐き出すようにして、僕は言葉を投げていた。

「お前の学問ってさ。それ、意味あんの?」

 今にして思えば、当時の自分は相当にやさぐれていたのだろう。
 元来、僕は「意味が無いことなんて無い」をモットーとする人間だった。
 そんな自分が、他人に──しかも友人にそうしたセリフを吐いてしまったことに、自分でもびっくりした憶えがある。

 しかし、その驚きを塗り潰せてしまう程度には、嫉妬心が膨れ上がっていた。

 自分は勉学の代わりにサークル活動に打ち込んで、意味を見出したと思っていたのに、今では自信が持てなくなって。自分のやってきたことには何らかの意味がある、と信じてここまで来たけれども、それももう限界で。なのに彼は、自分が早々に見限ったフィールドで、はつらつとしていて。

「なぁ、虚しくなんないの? 結局さ、俺達のやってることってさ、社会から求められてないじゃん。経済だの法だの実学ならまだ分かるよ、でも俺達ってブンガクだよ。世間にとってはどうでもいいものでさ、別に必要とされるものでもなくて、意味なんか──」

 それから先は、言葉が続かなかった。
 少しの間を置いて、彼はきょとんとした様子で言った。

「お前、意味とやらが空から降ってくるもんだとでも思ってんの?」

 何を今更、とでも言わんばかりに。

「意味なんて、ハナからないんだよ」

 ゆっくりと、諭すように。

「見つけるもんじゃないんだよ。自分で生み出すしかないんだよ。自分で意味を創り出せるのは、自分が好きなことだからこそ、だよ」

 お前が何に悩んでるか知らないけれども、と前置きして、彼は続けた。

「死んでもいいってくらい好きなことを突き詰めてみろよ、ちょっとは楽になるから」

 その言葉が、すとん、と胸に落ちたのを今でも鮮明に憶えている。

 そういう言葉をてらいもなく言える人というものは、中々いないものだ。大体においてウソくさく聞こえてしまうし、いかにも歯が浮いた感じのダサさを醸しだしてしまうから。

 誰でも言えるような言葉こそ、言い手を選ぶもので──でも、彼の言葉からは傲慢さが欠片も感じられなくて、とても自然で、それが衝撃的だった。

 彼の言葉に気圧されつつ、僕もまた、素直な疑問を口にしていた。

「お前はどうなんだよ。……今この瞬間に『死ね』って言われたら、死ねるわけ?」

「いや、まだだ。まだダメだ」

 即答だった。

「突き詰めたと思ったら、また新しい景色が見えてきてさ! 3年以上勉強してきたけど、ずっとその繰り返しなんだよ。まだまだ満足できないし、当分は死ねそうにないんだな、これが!」

 彼がそう言い終えると同時に、ぷつんとマイクの入る音がした。教室前方へと目を移せば、そこにはいつの間にか教授が立っている。間もなく講義が始まろうとしていた。

「うわっ、やっべ。定位置が取られちまう!」

 じゃあな頑張れよ、と言い残して、彼は駆け足で去っていった。彼のいつもの居場所──大講義室の最前列へと向かうために。

 しばらく、何も考えられなかった。自分のなかの何かが完全にぶちのめされたことを自覚しつつ、僕は彼の背中をぼうっと眺めていた。

 そうしているうちに、気付けば視界が霞んでいて。

 いつの間にか、僕は涙を流していた。大講義室の最後列の隅のすみ、いつもは惰眠を貪っているはずの「特等席」で泣いていた。人目につかない場所で本当によかった、と思いながら。

 悔しかった。

 僕は、どう足掻いたって、勉学に関しては彼のようにはなれない。そして、なろうとも思えていない。僕の内には、自学部の学問に対する熱意はもう微塵も残っていやしなかった。そのことが、我ながらひどく悲しかったのだ。

 自分が好きなことって、なんだっけ。

 Aくんが勉学に臨むのと同程度の熱量で、自分が接することができるものって、何だ。

 俺ってなんで東京に出てきたんだっけ。

 ああそうだ、いちばん初めは物語を書きたかったんだ。自分の力がどれだけ通用するかを東京で試したくて。なのに結局、自分は大学に入ってここまで、物語を書くことはしなかった。でも今更すぎるよな、本当に今更だよ。サークル活動で満たされちゃったよ、俺はもう十分にやったんだよ。

 ──違うだろう、と頭の片隅でもう一人の自分が叫んだ。 

 結局のところ、満たされてなんかなかったんだ。近しい行為に打ち込むことで「やりきった」と言い聞かせておいて、心の底では満足していなかったんだ。一番やりたかったことを、自分はやってこなかったじゃないか。どうせ必要とされないと怖がって、意味なんてないと醒めきって、いつでもやれると甘えきって、手を付けてこなかったじゃないか。

 現実見ろよ、と言い聞かせていたはずなのに、そのくせ現実を見ていなかった。だって今の自分は、まだ書きたいと思ってしまっているから。こんなにも、物語を創らなかったことを後悔しているのだから。

 ……ああ、書きたいな、と心の底から思った。

 こっそりと目元をぬぐって、視線を上げてみる。視界の中心、遥か遠くには、がりがりとノートをとっているAくんの背中がある。涙のおかげでいくぶん明瞭になった世界のなかで、彼がひときわ輝いているように見えた。


 ああ畜生。かっこいいな、あいつ。


 僕は彼らのようにはなれないけれど。
 彼らを描くことができる。
 自分が感じた震えを、他の誰かに伝えることができる。

 彼のようなキャラクターを、いつか物語にしたい。
 きっと、その物語は、他の誰かにも刺さるものになる。

 だからまずは、もう一度書き始めよう。書きたいから、書こう。ちっぽけな自尊心を守る代わりに腐らせかけていた腕を、元に戻すところから始めよう。自分の書いたものが、ほんの少しでも誰かの心を動かせたのだとしたら。それだけで、俺にとっては十分な意味になる。意味を、創りだすことができる。

 そうして僕は、シナリオを書き始めた。

***

「はっちゃん、シナリオ書いてるんだって?」
「うん、今更っちゃ今更だけどさ、やっぱり書きたくなってさ」
「ていうか今まで書いてなかったの? 書いてるもんだと思ってた。もったいない」
「もったいない、って」
「もったいないよ。俺、はっちゃんの記事も文章もすごく好きだったからさ」


「お前、また書くようになったつか」
「そげん。まぁた書くようになったとって」
「よかよか。ハチやけん、きっと面白いもん書いとるんやろうな。楽しみにしとるよ」
「おう、期待しとってばい」


「俺さ、はっちゃんの書くものはイカしてると思うのよ」
「おお、ありがと。すごく嬉しいよ、ホント」
「ところでさ、『超水道』ってサークルあるじゃんか」
「ああ、このまえ薦めてくれたノベルアプリね。あれ面白かったよ」
「うんうん。でな、その超水道が今、シナリオライターを募集しててな」
「……応募してみろ、ってこと?」
「いや、もうお前のこと応募しといた。他薦ってことで」


「──はい?」


***

 そうして、僕は超水道でシナリオを書くことになった。

 さて、何を書こうか。

 プロットの提出にあたって、ああでもない、こうでもないと頭をひねりつつ──ふっと頭に浮かんだのは、Aくんの後ろ姿だった。

 今なら、書ける。

 Aくんたちのように、真摯で熱いキャラクターたちを描ききることができる。

 そうだ、大学生のお話にしよう。Aくんだけじゃない。あの大学には、色んな境遇の人たちがいた。誰もが色々と苦しんで、笑って、頑張っていた。自分は、そんな彼らがどうしようもなく大好きだったのだ。

 そんな想いから、僕は「佐倉ユウナの上京」を書き始めたのだった。

「佐倉ユウナの上京」を書き終えたのは、大学生活最後の秋のことだ。春・夏・秋・冬章の計40万字を綴り終えて、ほっと安堵したのも既に8年前のこと。

 気付けば今の自分は30歳の社会人で、「元・学生」どころか良い歳をしたオジさんになっている。時の流れは早いなあ、とちょっと寂しくもある。

 以下に、8年前──リリース当時に記した文章を載せる。

 最近、よく思うんです。

 世の中には色んなモノがあるけれど、社会的な必要度には厳然たる差がある。必要とされるものと、別にどうでもいいもの。創作物なんてのは、言ってしまえば、別にどうでもいいものの代表格で。

なくても別に死にはしないし、多くの人にとっては、なければないで構わない、そういうもの。でも、あったらあったで楽しいものだと思うんです。

シナリオを書く自分にできること。それは全力で書くこと。伝えるために、伝わるように、言葉を磨き抜くこと。出来上がったものを「これどうですか!!」と世の中に差し出すこと。そうして意味を創っていくこと。

「佐倉ユウナの上京」が、誰かの心に刺さってくれたのなら、少しでも面白いと思ってもらえたら、「なんかいいよね」と思ってもらえたら──書き手として、これに勝る喜びはありません。

 若い。青い、とも思う。でも、懐かしさを覚えこそすれ、不思議と気恥ずかしさは感じない。そうした心持ちの根っこは、今でも変わっていないからだ。

 これからも色々なかたちで物語を書いていきたい。そうして、まだ見ぬ誰かに届けていきたいと思う。いつも見てくださっている方には、多大なる感謝を。はじめましての方には、巡り合えて嬉しいとお伝えしたい。

 今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします。

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<了>

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